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”強い”はずなのに魅力ゼロの中国とどう付き合うか

日本が中国を「安心して見下せた時代」は終わった

2018/02/05
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「強い」のに全然魅力がない中華人民共和国

「長い20世紀」の約120年間は、北九州の奴国(なこく)の王様が漢の金印をもらってから2000年間におよぶ日中関係史のわずか6%程度の期間でしかない。歴史的に見れば「日本>中国」という力関係のほうがイレギュラーな状態で、今後の日本が中国の後塵を拝していくのは、むしろ本来のポジションに戻るだけだという見方もできる。

 ただ、前近代と2010年以降の日中関係では決定的に違う点がある。すなわち、前近代の日本人は中国の先進性にあこがれて、かの国の道徳や哲学や国家体制や統治理論や芸術や文学その他もろもろに、やたらに惹かれていた。昔の人が中国を日本よりも「上」の国だと考えたのは、こうした文化大国としての魅力に抗しがたかったからでもあるのだ。

中国の南北朝時代、梁(502~557)に朝貢に来た各国の使者を描いた『職貢図』(レプリカ)。右端が当時の倭国使の姿。南京市内六朝博物館で安田撮影。

 一例を挙げておくと、安土桃山時代の藤原惺窩(せいか)という儒学者は「中国に生まれず、またこの邦の上世に生まれずして当世に生まる。時に遇わずと謂うべし」(=中国かもっと昔の日本に生まれたかったなあ)という言葉を残している。これは中国を理想化しすぎた発言だが、そんな言葉が飛び出すほど、前近代の中国はイデオロギーの面でもソフトパワーの面でも強い磁場を持っていたということだ。

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 しかしながら、現代の中華人民共和国にこの手の魅力は全然ない。一般的な日本人にとって、道徳的な面で中国を模範にするべき点は皆無に等しく、その国家体制や人民の統治理論も参考にできない(むしろ参考にしてはいけない)。他のソフトパワーの面でも、強く惹かれるものは感じづらいはずだろう。

 現代の強者である中華人民共和国の「魅力」は、やたらと派手に札ビラを切っていることと、スタートアップやイノベーションが活発でおもしろいこと(これも結局はカネの話だ)ぐらいで、実に即物的で薄っぺらいアピールポイントしかない。ほか、近年の中国のものごとの決定速度と大胆さは魅力的だが、それに惹かれる日本人の絶対数は決して多くない。

 話の飛躍を許してもらえれば、かつての近現代史上の「強い帝国」と比べても現代の中国は魅力が薄い。自由と民主主義を掲げるアメリカにせよ、「労働者の祖国」だったソ連にせよ、アジアの解放を掲げた大日本帝国にせよ、運用の実態はさておきその理念自体には第三者の外国人でも共感できる要素を見いだすことが可能なのだが、現代の中国の国家理念にそういう普遍性はほとんど感じられないからだ。

習政権の宣伝看板「人民に(党への)信仰あり、民族に希望あり、国家に力あり」。中国人民や中華民族以外の人は希望を持てなさそうだ。 ©安田峰俊

 習近平政権が掲げる「中国の夢」や「中華民族の偉大なる復興」は、もしかしたら中国人だけは幸せにできる考えかもしれず、ゆえに庶民からも割と支持されている。しかし、他国の人間には共感できる要素が全然見つからないイデオロギーだ。なお、過去の「強い帝国」ではナチス・ドイツが現代中国と少し似た姿勢の国だったかと思うが、日本のアイドル(櫻坂46)に軍服のデザインをマネされるほど「外見だけはシュッとしていた」ナチスと違って、中華人民共和国は見た目もダサい。やはり魅力が根本的に欠けている。

 しかも現代の中国は「強い」はずなのに不安定で、持続可能性にも難がある。日本やアメリカなら仮に総理大臣や大統領が暗殺されても国家体制は動揺しないが、中国は習近平が失脚したり暗殺されるだけで、国や社会の安定がいきなり損なわれかねない。一見すると強そうなのに内部で無理をしすぎている帝国が意外とあっさり滅びる事例は、秦帝国しかり隋帝国しかり、過去にいくらでもある話だ。

「今後の中国とどう付き合うか」は答えられません

 今後の日本は、ここ120年間すっかりご無沙汰だった「中国>日本」という力関係のもとで、過去の王朝時代と違って魅力や尊敬できる要素をまったく感じられず、かといって近代以降の人権感覚や民主主義の基本的価値観も共有しておらず、しかもかなりの不安定さをはらんでいる(なのにカネと力だけはあるっぽい)中国と接していかなくてはいけない。

「中国とどう付き合うか」という問いも、このように日中関係が前例のない状態になっている以上、回答は非常に難しそうだ。事実、私は今年度の講義の最後では「自分としては答えはわからないです」と言って教室から出てきたのであった。

 2018年1月、私は5年間通った多摩市聖ヶ丘の山を去ることになった。ひとまず今回の記事では、このような形で小さな総括を記しておこうと考えた次第である。

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