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「ワクワクしないクルマばかり」「そつがないけど何かつまんない」…自動車メーカーのエンジニアたちが心を折られた“忘れられないひと言”

『どんがら』より#1

2023/04/06
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 僕も昔、やっていたラリーはやはりFR車で、三菱ランサーとか、ハチロクでしたね。速さでは四駆にかなわないが、人馬一体、車をコントロールしているという感じがすごくある。俺がこの車をうまく走らせてるんだ、という感覚が伝わってくる。だから、いまだにサーキットでもハチロクのような古い車で走りに来る人がいるんですよ」

ヴィッツのようなファミリーカーが増えている中、会議で出されたのは…

 その日の小会議は、結論や参加者の合意を得るのが目的ではなく、多田の考えを少しずつまとめるためのものである。だからアイデアや知識を披露するだけでも、言いっぱなしでも構わなかったのだが、今井だけは「やっぱりハチロクに決まってる」としつこく繰り返して言った。彼はその言葉を告げるために、その場にいるのだと信じていた。

 ──多田さんも同じことを考えているんだ、きっとな。

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 今井はむしろ、多田が自分を使って「ハチロク復活」と言わせているのだと考えていた。確かにそれは、多田の心の中にあった車の名だったのである。

 4月に入って、多田たちは商品企画部の面々と、半日を費やす会議を開いた。今度は営業面や市場の動向について意見を聞くためである。

 今井は事前に「自分が開発したい車のパッケージ図を描いて持ってきてくれ」と言われていた。パッケージ図は、車のどこにエンジンや乗員を配置するかを描いた構想図で、車の開発はここから始まるのだが、今井が持参したのは、FR車で4人乗り、どうみてもハチロクのシルエットだった。トヨタの車、特にファミリーカーは人気車種のヴィッツがそうだったように、丸まってボンネットの背が高い車が増えていたが、その逆を行く、極端に背の低い軽量スポーツカーである。

 ──まんまハチロクだな。

 今井は説明を加えながら、心の中でそうつぶやいていた。

 といっても、かつてのハチロクを復元するわけではなく、ハチロクのような、ちょっと無理をすればだれにも買えて、部品を取っ替え引っ替えすることができるスポーツカーである。

 彼の頑固さはしばしばボスの多田をうんざりさせながら、やがて増員されるスポーツグループの鼻面を強く引き回していく。

 ただ、営業や海外のディーラーには、「スープラを復活させてくれ」という声が強かった。スープラは馬力のある上級スポーツカーだ。北米で人気のあった日産フェアレディZに対抗し、1978年から計4代にわたって作られたが、2002年に生産を終了している。その復活を求める声が強いということは、海外のスポーツカーマーケットには需要があるということである。

「トヨタの車はワクワクしない」「どうせ役員会の多数決で決まる」

 その一方で、多田は安いスポーツカーを、それもかつての「ヨタハチ」と2000GTのいいところを取り入れて作りたいと思っていた。