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「あの…クマ、クマがいますよ~」丸まった黒い塊がすっと動き…巨大ツキノワグマに筆者が山中で遭遇した“一部始終”

『完全版 日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?』 #1

2023/06/10
note

「ほやぁ~ほやぁ~」

「ほーーーっ! ほっ!」

 これはクマ猟の時にマタギが大声で発する声だ。マタギとは何者でどんな猟をするのか見ていきたい。

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マタギとクマ

 マタギについて簡単に述べるのは難しいが、あえていうと山猟師である。山猟師は北海道から西表島まで各地にいるが、マタギといえるのは下北半島から長野新潟の県境にある秋山郷までの範囲だ。さらに地域は限定され、その特徴は雪深い山間地、そして秋田県の阿仁地区と縁が深い。つまり阿仁地区がマタギの核心部といえるのだ。

野生のヒグマ(知床半島) ©AFLO

 マタギのクマ猟は猟期である11月15日から翌年2月15日までの通常の猟期に行われている。これは冬眠前の秋グマ猟といわれる。対して4月末から5月初旬にかけて行われるのが最もマタギらしいといわれる春グマ猟だ。この時期は長い冬眠から目覚めたクマが穴から出てきて間もない時期である。4カ月近くもの間活動をしていなかったクマの体には大きな変化が起きているのだ。まずは見た目、山の中を歩き回らないので毛も爪も綺麗に伸びている。つまり毛皮の価値が高い。今でこそ獣の剝製や敷皮は悪趣味と感じる人が増えたが以前は違う。特に高価なクマの皮や剝製は一種のステータスシンボル、また宿泊施設でも絶好のアイコンとして重宝されたのである。

 春グマからはもう一つのお宝が手に入るがこれこそマタギの狙いなのだ。それは胆嚢で、食べ物の消化には欠かせない胆汁を生み出す器官である。これが長い絶食生活の間使用されない胆汁が溜まってパンパンになっているのだ。その胆嚢を丁寧に加工して漢方薬であるクマの胆として売るのが昔からのマタギの経済活動でもある。金と同じ価値があるとされるクマの胆はあらゆる病に効く万能薬として各地で売られた。マタギやその関係者が売薬業を営み、それが山深い地域に経済的な波及効果をもたらしたのである。つまりマタギは直接的に食べることよりも経済的な理由で多くのクマを狩っていたのだ。とはいえ貴重な動物性たんぱく質が集落の恵みであったことは確かで、お裾分けで貰ったクマ肉を皆大切に食している。

マタギとクマ猟に行く

 マタギとの山行きは簡単ではない。特にクマ猟は道無き道を進むわけで、例えると山そのものを泳ぎ回る感じに等しい。これは山歩きが不得手な者にとっては困難を極める作業となる。しかしそれをしなければクマには会えないから頑張るしかないのだ。