「たとえ一瞬でも、獲物から目切っちゃなんねぇべな」
新井秀忠のハンター人生を通じて命がけの「教訓」となった出来事が起きたのは、狩猟免許をとってから18猟期目の冬のことだった。それまで散弾銃での鳥撃ちに明け暮れていた新井だったが、その前年からライフルを持つようになり、イノシシやクマなどの大物猟を手掛けるようになっていた。だが、クマはまだ獲ったことはなかった。(全3回の3回目/最初から読む)
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「オレが撃てっていうまで撃つんじゃねえぞ」
その日は1月16日だった。成人の日の翌日だったから覚えているという。前日の深酒が祟って自宅でダウンしていた新井のもとに、知り合いのハンターから電話が入った。
「赤城山で鳥撃ってたら、クマ出て、犬吹っ飛ばされちまった」
胃腸薬を飲み、重い頭を抱えながら車を走らせる。それでも現場に着き、山を歩き出すと霧が晴れるように頭がスッキリしてきた。その場で待っていた電話してきたハンターらに「どこだ?」と聞くと、「そっちだ」と指差すだけで、誰も案内に立とうとしない。目の前でクマに犬が吹っ飛ばされているのを見ているので、恐怖で足が進まないのだ。新井が雪の上に残されたクマの足跡を調べると、抜けていない。つまりクマはその付近にとどまっている可能性が高かった。
「おめら、いいか。オレが撃てっていうまで撃つんじゃねえぞ」
鳥撃ちハンターらにそう言い残して、新井は一人足跡を追う。足跡は岩場へと続いていた。
「そうしたら、会っちゃったんだな」と新井は独特の表現で当時を振り返る。
クマは唸りながら、こっちを睨んでいる
30メートルほど岩場を登っていくと、幅1メートルほどの棚のように張り出した平らな場所があり、その一番奥に穴があった。穴の前には岩があり、その陰からクマの右目が覗いているのが見えた。だがどうにも位置関係が悪かった。このまま撃てば、弾が手前の岩に当たって跳ね返される「跳弾」の危険があった。
「オレが撃とうか迷っている間に、クマは唸りながら、こっちを睨んでるんだ。参ったな、と」