開催中の平昌(ピョンチャン)五輪は、日本にとって近くて遠い二つの国の政治色をいささか帯びすぎた。いずれそのことの歴史的評価を時が下すより早く、次の東京五輪は開催の日を迎えるのだろうか? とまれ、初瀬礼(はつせれい)の新作長編『呪術』は、東京五輪の宴のあと、テロとの戦いがなおも続く現実的な未来を背景に、アフリカと日本を股にかけて展開するスケールの大きな冒険小説だ。
本書のヒロインは、三十路の坂も半ばのツアーコンダクター、後藤麻衣(ごとうまい)。金払いのいい顧客を案内してモロッコの古都を訪れていた麻衣は、外国人観光客を狙ったテロ集団の突然の襲撃から逃れるさなか、タンザニア領内でアルビノ(先天性白皮症)の少女を救う。アフリカ東部でアルビノの肉体は呪(まじな)いの材料として高値で取引され、じつに“狩り”の対象になっていた。果たして麻衣は、執念深い呪術師マギオカの手の者から、いたいけな少女を守りきることができるのか……?
著者の初瀬は現役のテレビ局員で、二十年以上にわたり報道畑に身を置いてきた経験(キャリア)が小説の題材選びにも遺憾なく発揮されている。大半の日本人にとってアフリカは、距離的にも心理的にも遠い大陸だろう。二十一世紀のアフリカ東部で横行するアルビノ狩りの事実はまことにショッキングで、戦慄を禁じえない。一種の民間医療でもある呪術はアフリカの内なる伝統だが、アルビノ狩りは現代の野蛮である。
後藤麻衣は、いわゆる巻き込まれ型のヒロインだ。バツイチ独身の彼女は、語学力を頼みの綱に肩肘張って生きていて、とりわけ同世代の女性読者から共感を呼ぶはず。そんな麻衣の決して望まざるアクションシーンも見どころだが、保護された少女にとって麻衣が“本当のヒロインになる”まで成長するさまに胸が熱くなった。呪術師マギオカの正体も意外性があり、合理と非合理の境を曖昧にするラストは長く余韻が残る。これまでノーマークだった初瀬礼、急上昇の注目株だ。
はつせれい/1966年長野県生まれ。2013年、『血讐』(リンダブックス)で第1回日本エンタメ小説大賞優秀賞を受賞し、作家デビュー。現在、テレビ局に勤務。他の作品に『シスト』(新潮社)がある。
かたやまだいち/1972年大阪府生まれ。ミステリ評論家。著書に『謎解き名作ミステリ講座』『新本格ミステリの話をしよう』。