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“皇帝化”する習近平の中国「笑ってはいけない検閲事情」

個人崇拝と表現規制の「滑稽」と「現実」

2018/03/05
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「天皇陛下」「皇后陛下」も分割禁止

 同じようなエピソードは、戦前・戦中の日本にもみられる。

 文革期の中国では、うっかりミスを防ぐため「毛主席」という活字をくっつけて固定していたが、当時の日本でも、誤植を防ぐため「天皇陛下」というひと続きの活字が作られたという。

 また、戦時中に『中央公論』の編集長を務めた黒田秀俊によれば、やはり「天皇陛下」と「皇后陛下」の文字も分割してはならず、そのうえ、さらに面倒な決まりごとがあったらしい。

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「『天皇陛下』『皇后陛下』という文字の頭はかならず一字あけ、文字が行の終りにきてもいけなかったし、途中で二つに割れてもいけなかった。行の終りにきたり、途中で割れたりしないためにはその前の文章を添削し、それらの文字が行の終りにこないようにするか、つぎの行のはじめに組まれるようにするか工夫しなければならなかった」(『知識人・言論弾圧の記録』、白石書店)

昭和天皇 ©文藝春秋

 当時の日本の『笑料集』としては、内務省警保局編の『出版警察報』があげられる。内務省の検閲官による出版検閲の記録だが、いまからみれば滑稽な部分もないではない。

「すめらみこと」を「すめらみ事」と誤記していたので、削除処分。「竜顔」を「竜眼」と誤植していたので、発禁処分。詔書中の「帝国」を「英国」に誤植していたので、削除処分――。

「ムッソリーニが陰部を露出せるかに看受けらるゝ点」

 その徹底ぶりには舌を巻く。検閲官も、「不敬」な誤字・誤植を見逃すと処分されるので、必死だったわけである(なお、削除処分は問題のあったページを破り取らせる処分。発禁処分は該当の新聞、雑誌、書籍自体を流通禁止にし、差し押さえる処分)。

 また、友好国指導者の尊厳を守ることもときに重視された。『近代生活』(百貨サービス)1937年12月号に掲載された漫画「サヨナラ1937年」には、「恰(あたか)もムッソリーニが陰部を露出せるかに看受けらるゝ点」(!)があったが、こちらは「風俗壊乱」として削除処分になった。

 その現物は残念ながら未見なのだが、漫画の細部までしっかり審査されていたことがわかる。

 現在、チンギス・ハーンの肖像に男性器らしきものを落書きした『コロコロコミック』掲載の漫画が、モンゴル大使館から抗議を受け問題になっているが(発行元の小学館は謝罪)、戦前であれば削除処分や発禁処分になっていたかもしれない。

©getty