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共感は融和を導くか、それとも敵意を生むのか――橘玲さんが今月買った10冊

2018/03/15
橘玲さん

 AI、ブロックチェーン(仮想通貨)と並んでこれからの社会を大きく変えていくのが遺伝子の解析・操作テクノロジーの急速な進歩だ。『ゲノムで社会の謎を解く』は、二人の社会学者が遺伝子研究の最先端の知見をもとに、「人種は遺伝か?」など“政治的に”もっともやっかいな問題に挑む刺激的な本。現在のところ「遺伝子による選別(ジェノトクラシー)」が起きている証拠はないものの、今後、遺伝子ビジネスが一般化すれば「遺伝子差別」のディストピアが到来する可能性はじゅうぶんに高いという。

 社会が右と左にますます分断されるなか、「共感をはぐくむ教育が大切だ」との意見は多い。だが『反共感論』の著者は、「共感こそが敵意を生む」という。進化の過程で私たちは「近しい者への共感(愛)」という強い感情をもつようになったが、それは同じ進化の制約によって部族を超えることができないのだ。

 脳内の物理現象からどのように意識は生じるのか。『脳の意識 機械の意識』は気鋭の脳神経科学者が、この難問を科学がどのように解こうとしているかを一般読者にもわかるように解説した稀有な本。遠くない将来、あなたは機械と意識を共有するようになるかもしれない。

シンプルな政府』は、アメリカの著名な法学者がオバマ政権で規制緩和の責任者を務めた記録。権力が市民に「正しい生き方」を強要するのではなく、行動経済学の知見を使ってナッジする(そっと肘で押す)「おせっかいな設計主義」は、これからの政策の主流になっていくだろう。

 社会問題の多くは、感情に流されず経済合理的に考えれば解決できる。『ハッパノミクス』はイギリスのジャーナリストが中南米の麻薬地帯を訪ね、問題の元凶は規制であり、麻薬合法化こそが経済学的に正しい処方箋であることを説く。

 一時期、メディアを騒がせた子宮頸がんワクチンの薬害は「捏造」だった。この驚くべき告発をしたのが『10万個の子宮』。医師でもある著者は、このままワクチン接種が行なわれないと今後十年間で十万人の女性が子宮を摘出することになると警鐘を鳴らす。“被害者”に群がるメディア、人権派弁護士、医師(アカデミズム)が手を携えてフェイク(偽)ニュースをつくっていく様は暗澹たる気持ちにさせられる。

 西部邁氏が多摩川で入水自殺したが、オランダであれば家族・友人・教え子たちに囲まれて穏やかな死を迎えることができただろう。生きることが自由な選択なら、死を選択できないのはなぜだろうか。オランダやスイス、アメリカの一部の州では次々と安楽死を満たす要件が広がっている。『安楽死を遂げるまで』によれば、「平穏に自殺する権利」が認められたオランダでは全死因の四%が安楽死になったという。

 就職氷河期世代のなかに日本を捨ててバンコクに渡り、コールセンターで働く若者たちがいる。『だから、居場所が欲しかった。』は、そんな彼らを五年にわたって取材したノンフィクション。そのなかにはゲイやレズビアンも多いが、驚かされたのは“恋愛依存症”の女性たちがバンコクに集まってきていること。ホストクラブよりずっと安いお金で若い男の子との“恋愛”を体験できるのだ。

 二〇一五年二月、川崎駅から遠くない多摩川の河川敷で中学一年の少年が十代の仲間たちにリンチされ死亡した。『ルポ 川崎』は、音楽ライターでもある著者が、ヒップホップを手掛かりにこの“ディストピア”に迫る。在日韓国・朝鮮人地区へのヘイトデモによって地域の一体感がつくられていく経緯が興味深い。

 二〇一七年十一月、アメリカのカルト指導者チャールズ・マンソンが獄死した。『ザ・ガールズ』はマンソン・ファミリーに出入りしていた十四歳の少女の視点から女優シャロン・テートらが殺害された一九六九年八月の凶行までを描く。フラワー・チルドレンの歪んだ世界を蘇らせたのは八九年生まれの女性作家だ。

01.『ゲノムで社会の謎を解く 教育・所得格差から人種問題、国家の盛衰まで』ダルトン・コンリー、ジェイソン・フレッチャー著 松浦俊輔訳 作品社 2800円+税

ゲノムで社会の謎を解く――教育・所得格差から人種問題、国家の盛衰まで

ダルトン・コンリー(著),松浦 俊輔(翻訳)

作品社
2018年1月25日 発売

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02.『反共感論 社会はいかに判断を誤るか』ポール・ブルーム著 高橋洋訳 白揚社 2600円+税

反共感論―社会はいかに判断を誤るか

ポール・ブルーム(著),高橋洋(翻訳)

白揚社
2018年2月2日 発売

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03.『脳の意識 機械の意識 脳神経科学の挑戦』渡辺正峰 中公新書 920円+税

脳の意識 機械の意識 - 脳神経科学の挑戦 (中公新書)

渡辺 正峰(著)

中央公論新社
2017年11月18日 発売

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04.『シンプルな政府 “規制”をいかにデザインするか』キャス・サンスティーン著 田総恵子訳 NTT出版 2800円+税

シンプルな政府:“規制"をいかにデザインするか

キャス・サンスティーン(著),田総 恵子(翻訳)

エヌティティ出版
2017年10月30日 発売

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05.『ハッパノミクス 麻薬カルテルの経済学』トム・ウェインライト著 千葉敏生 みすず書房 2800円+税

ハッパノミクス

トム・ウェインライト(著),千葉 敏生(翻訳)

みすず書房
2017年12月16日 発売

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06.『10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』村中璃子 平凡社 1600円+税

07.『安楽死を遂げるまで』宮下洋一 小学館 1600円+税

安楽死を遂げるまで

宮下 洋一(著)

小学館
2017年12月13日 発売

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08.『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』水谷竹秀 集英社 1600円+税

09.『ルポ 川崎』磯部涼 サイゾー 1600円+税

ルポ 川崎(かわさき)【通常版】

磯部 涼(著)

サイゾー
2017年12月15日 発売

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10.『ザ・ガールズ』エマ・クライン著 堀江里美訳 早川書房 2000円+税

ザ・ガールズ

エマ クライン(著),堀江 里美(翻訳)

早川書房
2017年11月7日 発売

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