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“アレ”はなぜこれほど浸透したのか? 理由は2008年と2021年の「恥ずかしい過去」にあった

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18年ぶりの優勝……そして、ついに訪れた“アレ”の解禁

 阪神タイガース優勝。やっと。やっとだ。やっと解き放たれる。優勝出来なかった18年間の呪縛から? いや、それはもちろん。それが一番なのだが、実はもう一つある。

「アレ」からの解放である。

 そう、2023年度の阪神タイガースは、岡田彰布新監督をはじめコーチ陣、選手、OB、球団スタッフ、我々ファン。そして実況アナウンサーや他球団OBの解説者まで、「優勝」という言葉を使っていなかった。とはいえ、明確に禁句になった訳ではない。異常なまでの暗黙の了解……そこに関西のノリという文化が絡み合い、テレビ局ではまるで報道規制が敷かれているかのように「優勝」=「アレ」と呼称する事が徹底される事態となった。

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 たまたまテレビを付けていただけで阪神タイガースのニュースを見た人からするとまさに異様な光景である。有名大学を卒業し、博識なはずのアナウンサー達が揃いも揃って「アレ」を連呼するのだから。

18年ぶりのセ・リーグ優勝を決め、祝勝会でビールをかけられる阪神の岡田彰布監督 ©時事通信社

 事の始まりは2022年10月16日、岡田監督の就任会見の際に優勝の事を「アレ」と発言したやいなや、まず、タイガースの選手達が監督に会う前、まだキャンプインさえもする前に「アレを目指したい」「アレをしたい」と言い出したのだ。

 初めは軽いノリから始めたものだったのかもしれないが、あれよあれよと言う間に気付けばハリーポッターの「ヴォルデモート」の如く、「優勝」はまさに決して言ってはいけない、「阪神タイガース関連ではタブーな言葉」となっていた。

「優勝」の二文字がタブーだった期間は、2023年9月14日、岡田監督がセ・リーグ優勝監督インタビューで「アレは今日で封印、今日はみんなと優勝を分かち合いたい」と口にするまでのなんと約11ヶ月である。

 では、何故ここまでの事態となったのか?これには監督やコーチ、選手やファン、それぞれのドラマが絡み合っていると個人的に思っている。

 まず、岡田監督は昔から「アレ使い」である。

 何も今年からいきなり使い出した訳ではない。

 2004年から、監督インタビューても「いやいや、あれやん、そんなん、おーん、そらそうよ」と、ほぼニュアンスとシンパシーのみで会話する事さえあり、報道陣がいかに汲み取るかで新聞の見出しが変わるような発言を多くされる方でもある。

 OBの赤星憲広さんがテレビで話してた印象的な話がある(ここからはうる覚えなので多少差異があるかも)。赤星さんが現役時代、首を痛めながらプレーしていた頃、そのケアの為にたびたび、ベンチ入りはしてるが「試合に出ない日」が設けられていた。

 ウォーミングアップ中に岡田監督がやってきて、「赤星お前今日、アレやからな」と言って去っていった。赤星選手はもちろん意味が分からなかったが、なんとなく今日は自分がスタメンなのかと思いそのままキャッチボールに参加すると、しばらくして形相を変えた岡田監督がやって来て「お前アレ言うたやろ!なんでキャッチボールしとんねん!」と怒られた。という話だった。岡田監督の中ではその時の「アレ」は「試合に出ない日」だったのだ。

 今では笑い話だが当時の赤星さんはただただ可哀想だ(笑)。

 だが、このアレ事件は岡田監督のどっちかと言うと「天然アレ」エピソードだろう。実は今年の阪神と同じ種類の「人工アレ」を岡田監督は過去に使っておられるのだ。

 それは2010年に岡田監督がオリックスバファローズの監督時代、交流戦の優勝を争っていたときのこと。

 岡田監督はここでも「優勝」の事を「アレ」と表現し、選手に意識させないようにしていたのだ。それが功を奏し、見事オリックスは交流戦を制覇。そう、今から13年前の時点で岡田監督の「アレ作戦」は既に炸裂していたのである。

 ここでの「アレ」は、阪神第一次政権の2008年が深く関わっているのだという。

 発端は2008年の交流戦でコーチが発した「こんなんじゃ優勝でけへんぞ」という言葉だったらしい。結局この年は交流戦の優勝を逃し、最大13ゲーム差をひっくり返される歴史的な逆転でリーグ優勝も逃した(書くのも辛い)。

 岡田監督の中では「もう優勝って言うたらあかん、優勝を意識させたらあかん」という強烈な教訓になったのだろう。

 ただ、阪神ファンの僕はオリックス時代のこの「第一次アレ」の事は正直、最近まで知らなかった。

 僕が阪神以外の試合や記事をあまり見ないというのもあるが、今ほど他球団OBやテレビ局を巻き込む程の事態にはなってなかったように思う。あくまでチーム内での流行に留まっていたのだと思う。

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