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気温45度の暑さ、ボットン便所の強烈な臭い、そして子どもの泣き声...脱サラした日本の若者が目撃した「21世紀最初の大虐殺」の衝撃

『「国境なき医師団」の僕が世界一過酷な場所で見つけた命の次に大事なこと』より#1

2023/10/20
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顔全体を切り刻まれた一人の女性

 たまたま僕は、医薬品をキャンプ内のクリニックに運んでいた。

 通常、避難してきた人はまず登録のために受付に行く。だが、その2人は緊急の患者として病院に運ばれていた。

 男の子は、栄養失調だった。おどろいたのは、初老の女性の方だ。

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 体はやせ細り、しわだらけの彼女の顔面には大きな傷がいくつもあった。交通事故にでもあってガラスの破片が刺さったのではと思ったが、そうではなかった。

 切りきざまれていたのだ、顔全体を――。

 村がジャンジャウィードの襲撃にあったとき、夫は目の前で殺害され、彼女はレイプされた。そのときに複数の男から受けた暴行の傷の一部だという。

 信じられないほど、残酷だった。

 顔のいくつもの大きな傷はなんとか手当てができても、心の傷は消えることはない。

 同僚の看護師は、涙を流しながら彼女の手当てをしていた。

自分たちがいなければ彼らはどうなるのか……。

 国内避難民のほぼ全員は、持てるものも持てず、着のみ着のまま逃れてきていた。

 水や食料をはじめ、生活に必要なすべてを、国際的な人道援助の団体に頼らざるをえない状況だった。

 ようやく逃れてきたキャンプ内にも暴力はあり、避難民からすれば、もうだれが悪いのかわからない。ただ、傷跡だけが残っていく。

 家はない。学校もない。でも、命はある――。

 これが、ダルフール紛争における暴力の被害者たちが生き抜いていかなければいけ ない現実だった。僕たちがそこにいないと、彼らの命がどうなるか、容易に想像できる環境だった。

©️Francois Dumont/MSF
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