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「▲5三馬です!」「えええっ!」藤井聡太“八冠誕生”の瞬間、中継に映らなかった舞台裏で何が起きていたのか

「▲5三馬です!」「えええっ!」藤井聡太“八冠誕生”の瞬間、中継に映らなかった舞台裏で何が起きていたのか

プロが読み解く王座戦五番勝負 #4-1

2023/10/21
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 宮嶋の言葉どおり、藤井は71分の長考で飛車先を突き捨て、△4五銀と桂を食いちぎってから角を打った。予想しなかった過激な順だ。ここまで永瀬は1手20秒未満で指してきたが、「これは考えるよね」と話していた。ところがペースは落ちなかった。2分も考えずに飛車を引き、ノータイムで角をあわせる。

 こんな手まで永瀬は研究しているのかと、皆が驚く。渡辺明九段もX(旧Twitter)で「△4五銀って下のほうの候補手なのに永瀬王座は網羅してんのか、、、」と、驚きをつぶやいていた。永瀬がそれだけ対人の研究会を積み重ねているという証左だ。ちなみに前日も研究会を済ませてから京都に向かったらしい。

 井上と「11時前にこの局面って恐ろしいね」と顔を見合わせる。そう言えば井上は藤井に対する最年長勝利者(当時54歳)だ。

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「私の記録は破られないでしょうね(笑)。藤井さんと対戦すること自体が難しいですし」

 あのときと今とで実力はどのくらい伸びたでしょうね、とたずねてみる。

「指したのはもう5年前(2018年3月)でしょ。あれから大駒一枚は強くなっているんとちゃいますか」

 さて局面に戻る。藤井は桂香と銀の二枚替えではあるものの、歩切れで、なおかつ桂頭にキズも抱えている。再び藤井が53分使い、金を玉の頭上に上がって守った局面で昼食休憩となった。

藤井が昼食に食べた7貫の「にぎり寿司」 ©勝又清和

 昼食は永瀬がビーフカレーで藤井がにぎり寿司だった。にぎり寿司は「7貫」。これは「七冠」に引っかけているのかと取り沙汰されたが、もともとホテル側はその数で提供を予定していたため、偶然だったらしい。

永瀬は124分もの大長考で桂頭を攻め続ける

 昼食休憩が明け、永瀬が41手目に7筋の桂頭を攻める。藤井はここでも42分を使い、飛車を浮いて守った。この時点での消費時間は藤井3時間30分に対し、永瀬はわずか22分! 残り時間はなんと3時間も差がついた。

休憩中、ホテルから徒歩十数分のところにある南禅寺に行き、広大な敷地の中にある南禅院を訪れた。1937年(昭和12年)、ここで木村義雄十四世名人(当時31)と阪田三吉(当時66)が戦った。いわゆる「南禅寺の決戦」の地だ ©勝又清和

 淡路と盤を挟んで検討する。73歳の淡路は現役を引退して8年経つが、まあ手が見えること見えること。この日は一日中楽しそうに検討をしていた。

 局面はというと、桂頭を攻められ、残り時間も大差。さすがに藤井が苦しかろうと、見解は一致した。ところが調べてみると、永瀬に有力な手は多いものの、はっきり良しとは言い切れない。桂得できるが筋の悪い銀が残るとか、藤井に反撃されるとか、何かイヤミが残ってしまう。淡路が「どれもすっきりせえへんなあ」と首をかしげた。