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羽生善治九段の“壁ドン”、藤井聡太をにらむ先輩棋士…棋士を撮り続けてきたカメラマンが「忘れられない7つの名場面」

『棋士の瞬き』撮影で記憶に残るベストショット

2022/11/29

『師弟 棋士たち 魂の伝承』(光文社)や『将棋世界』の「師弟」の連載、文春オンラインでの棋士インタビューで脚光を浴びたカメラマンの野澤亘伸氏による写真集が発売される。その名も『棋士の瞬き』(マイナビ出版)。

 一流の写真家は、被写体の内面まで写し出すのか――。

 今回は、『棋士の瞬き』を撮影するなかでとりわけ印象に残った7枚を野澤氏に選んでいただいた(文中の段位・肩書は、いずれも撮影当時のもの)。

◆ ◆ ◆

第7位 永瀬は前を向く、決して振り向かない

 

――まずこちらは第5期叡王戦、神奈川県秦野市にある旅館「陣屋」で行われた第8局からです。

野澤 いやあ、このタイトル戦は本当に熱かったですね。永遠に終わらないんじゃないかと思うくらいに。永瀬拓矢叡王(王座)に豊島将之竜王・名人が挑戦したシリーズでした(豊島は名人戦との同時進行で、叡王戦第7局終了後に名人を失冠した)。第1局が千日手指し直しで、第2局、第3局が持将棋になった。200手超えが3局あり、シリーズ総手数はタイトル戦史上最長となった。二人の棋力、精神力、体力、勝負への執念など、すべてが拮抗していたのだと思います。

 私は文春オンラインに掲載する観戦レポートの仕事で現地へ行っていました。対局場の「陣屋」は建物も庭園も、実に趣がある。廊下を歩いて対局場に向かうだけで、気持ちが高揚してきます。夕刻時には西日が部屋に差し込み、モニターに映る両対局者の姿が印象的でした。

一分の迷いも感じさせない、堂々たる男の背中

――対局は豊島竜王が勝ち、3勝3敗のタイになり、決着は第9局へとなりました。千日手を含めて「十番勝負」とも言われています。

野澤 本局は豊島竜王の快勝に終わりました。永瀬叡王としては、忸怩たるものがあったと思います。終局後、記者が部屋を出た後も、静まり返った中で豊島竜王と感想戦を続けていたのを覚えています。

 出されたバナナには一切手をつけていませんでした。後で中居さんが「皆さんでどうぞ」と記者室に持ってきてくれたので、私も一本いただきました。

 永瀬叡王は泊まらずに帰ると確信があったので、フロントに行って聞くと、やはりタクシーを呼ばれているとのこと。この時点で観戦記のラストシーンのイメージはできていました。

 午後10時少し前に、叡王が1階のロビーに降りてきました。私は小さく「お疲れさまでした」と声をかけ、「帰り姿を撮らせてください」と伝えました。叡王は小さく頷くと玄関を出て、夜の帳に包まれた庭園の中を歩いて行きます。足元の誘導灯が仄かにその背中を照らし出しました。

 一分の迷いも感じさせない、堂々たる男の背中でした。

 敗者の姿を撮ることは、躊躇いもあります。でも勝負の厳しさ、美学を伝えるものとして、カメラマンはその姿を刻むべきときもあると思います。