対局は別館の特別室で行われます。最上階にあるのは襖で仕切られた二間だけで、そこに上がるエレベータは1基しかない。封じ手は下の別室で書かれるため、戻るまでにやや時間がかかる。報道陣は襖を開け放して、隣の部屋で待機していました。沈黙の中、羽生竜王と藤井九段が並んで座り、大勢の報道陣と向き合う構図が続きます。それが微妙な空気を生みました。お二人が思い思いの表情、仕草を見せるのが、なんだか面白く見えてきたのです。緊迫した間が生む人間らしさ。
この対局は広瀬八段が勝って竜王を奪取し、羽生九段は27年ぶりに無冠になりました。熱戦の中でこのようなシーンがあったのも、記録として留めたいと思いました。
第4位 新宿将棋センター最後の日
――先崎学九段がしかめ面で駆け寄ってくる写真で、最初はなんだろうと思いました。これは2021年3月31日に新宿将棋センターが閉館したときのものなんですね。
野澤 かつては日本最大といわれた将棋センターが半世紀にわたる歴史に幕を下ろした日です。棋士の多くも奨励会時代に修行に通ったと聞きます。
新宿西口に場所を移す前は歌舞伎町にありました。私も当時行ったことがありますが、いつもたくさんのお客さんで賑わっていたのを覚えています。最盛期には1日に500人くらいの来客があったとか。でも近年は客数の減少に加えて、コロナ禍で厳しかったようです。
締めの挨拶で先崎九段の目に涙が
――先崎九段も子供の頃に通われていたのですね。
野澤 米長邦雄永世棋聖の家に内弟子をしていた頃に、姉弟子の林葉直子さん(元クイーン王将)と通ったそうです。私は将棋センターの最終日を見ておきたくて、仕事終わりに寄りました。先崎九段がいらしたのでご挨拶すると、「一局指しましょう」と言ってくださり、二枚落ちでお願いしようとしたら「平手が楽しいんですよ」と。恐縮しながら教えていただきました。
この日は閉店時間まで満席近い人がいました。いよいよ終わりになる時に、締めの挨拶として先崎九段が言葉を求められました。和やかな雰囲気の中で思い出話を語り始めたのですが、林葉さんに連れられて何度も通ったくだりになると、思わず涙が溢れて言葉に詰まりました。先崎九段にとって、本当に思い入れが強い場所だったのでしょう。やっとの思いで言葉を繋ぎ、涙を拭うと振り向きざまに出口から階段を駆け下りていってしまいました。
――それっきり戻らなかった?
野澤 ええ。終わった後に飲みに行きましょうと誘ってくださったので待っていたのですが、夜の街に消えていったきり、帰ってきませんでした。