第3位 二人は戦友
――藤井猛九段と行方尚史九段の写真で、こちらは文春将棋ムック『読む将棋2021』に掲載されたものですね。
野澤 今回の写真集ではこのカットではなく、お二人のソロ写真を入れています。奨励会時代から交友があり、互いに研鑽をしてきた二人を「同期」というテーマで取材・撮影させてもらいました。
将棋サロン荻窪でお話を聞いた後に撮影となったのですが、3月中旬にも関わらず雪になりました。曇天の下でボタ雪が落ちてきて、撮影には厳しそうな条件ですが、私は「これは最高の絵が撮れる」と思いました。降りしきる雪の中、二人が傘の下で語りながら歩いてくるイメージが浮かんだのです。あと行方九段は青森出身なので、雪がよく似合いました。
――お二人のこうしたツーショットは珍しいのでは?
野澤 藤井九段と行方九段は長い付き合いですが、棋士仲間でも二人が親しいことを知らない人も多かったみたいです。この日は他にもいろいろなカットを撮ったのですが、両棋士が作り出す雰囲気が良くて、特にポーズを注文する必要がありませんでした。一連の写真は私自身とても好きなものになっています。
第2位 藤井聡太初戴冠の夜
――藤井聡太七段が渡辺明棋聖(名人・棋王)を3勝1敗で破って、初タイトルを獲得したときのものですね。
野澤 関西将棋会館で行われたのですが、藤井七段が優勢となったあたりから会館の前にファンが集まり始めました。終局後には100人を超える数になっていたと思います。
記者会見の後、私はすぐに外に向かいました。時刻は21時を過ぎているので正面玄関は閉まっており、警備室の横の通用口の前に行くと、師匠の杉本昌隆八段が藤井新棋聖を宿泊先まで送るために待っていました。扉の外では警察や警備員が出動してファンの整備にあたっていました。
こうした現場は、大きな事件や芸能ニュースのときなどに経験してきましたが、将棋界では珍しい。これは記録しておかなければならない光景だと、報道の血が騒ぎました。
――藤井新棋聖はどんな様子でしたか?
野澤 将棋連盟の職員や警備員に誘導されて、外に出るとすぐタクシーに乗りこみました。慌ただしい中、ファンの方々に挨拶や手を振る余裕はありませんでした。タクシーの中ではじっと前を向いて、タイトルを獲った高揚感を感じさせることもなかったです。
17歳とは思えないほどの落ち着きで、どんな状況であっても何も変わらない。現在ではなく、将棋の可能性のずっと先を見つめている印象でした。