第1位 俺たちの世代の意地を見せたい
――藤井聡太四段がデビューして29連勝を記録したときには、空前の将棋フィーバーが巻き起こりました。
野澤 「誰が連勝を止めるか」に注目が集まっていましたね。ワイドショーが対戦相手のプロフィールまで紹介するようになり、対戦を煽る感じになっていました。
――最高潮となったのは連勝新記録となった29戦目の“東の天才”・増田康宏四段戦と、30戦目の佐々木勇気六段戦でした。
野澤 どちらも現場にいましたが、すごい報道陣でした。将棋の場合、対局室が狭いので記者よりもカメラマン優先で入室するのですが、それでもギューギューの寿し詰め状態になる。そしてカメラマンのほとんどが藤井四段狙いのため、必然的に対戦者の背中に廻ります。あんな数のカメラを背負った経験など、ほとんどの棋士はありません。対局前に集中するのも大変だったと思います。
藤井四段は先に入室し、下座に座りましたが、どこか疲れた感じを受けました。6日前に29連勝を達成し、世間の注目、メディアの扱いはピークに達した。やはり心的影響は大きかったと思います。
シャッターを切ったとき、全身に電気が走った
対して、佐々木六段は入り口に姿を見せたときから、覚悟を決めた侍の顔をしていました。報道陣を前にしても表情を変えない。視線は藤井四段の背中に注がれていました。
上座に着くと、扇子を取り出し大仰に開く。場の空気を制するような仕草でした。
その後にじっと俯いて瞑想していたのですが、突然カッと目を見開くと、前に座る藤井四段を睨んだのです。凄まじい形相でした。
棋士が対局前に相手に闘志を剥き出しにすることは滅多にありません。むしろ感情を無にしようとする。でも、この時は藤井フィーバーの醸し出す特別な空気を跳ね除ける必要があった。佐々木六段の集中力は、すでにトップギアに入っていたのだと思います。竜王戦は持ち時間が5時間と長いですから、朝からその状態では疲労が蓄積してしまうリスクがある。それでも、そうしなければ連勝の威力を打ち破ることはできないと判断したのでしょう。先のことは考えず、この勝負に賭けた決意を見ました。
シャッターを切ったときに、私の全身に電気が走ったのを覚えています。最高の瞬間を切り取ったときにだけ感じるエクスタシー。これは滅多に味わえるものではない。この一枚は、私がこれまで撮影してきた棋士の写真の中で白眉となっています。
写真=野澤亘伸
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今回紹介した写真は、いずれも11月29日発売の写真集『棋士の瞬き』(マイナビ出版)に掲載されています。表紙の羽生善治九段をはじめ、藤井聡太竜王、渡辺明名人、永瀬拓矢王座など、40人を超えるプロ棋士が登場する貴重な一冊をフルカラーでお楽しみください。
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