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「社員のやる気はますます失われていった」“コストダウンがうまい人間”ばかりを重宝した日本企業の大失敗

『日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか』より #2

2023/11/30
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 1997年6月に就任した建設機械メーカーの新社長は、親会社の工場資材部に在籍した若手時代、「米国の大手メーカーが開発した製品の品質を落とさず生産コストを引き下げるコスト管理手法『バリューエンジニアリング』をいち早く導入し、他の工場の指導にも回り」ました。建設機械メーカーに移ってからは、「工場を閉鎖して、別工場に一本化するリストラの旗振り役を務め」、頭角を現しました。

 同年同月に就任した重工業メーカーの新社長も「社歴の大半を赤字部門の立て直しに費やし」ました。彼は「資材を安く調達するといった従来のコスト削減の方法では、過当競争による価格破壊に追いつかない。赤字を出しても給料が出るという甘えを断ち切り、会社の体質自体を改める」と抜本的なコスト削減を経営課題に掲げました。

 さらに自動車メーカーの新社長も「開発・生産体制から徹底的に見直し、コスト削減と小型車事業の拡大を狙う」と宣言しています。

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 不況が深刻化していった1998年にはこうした傾向がさらに強まります。人員削減や経費節減で頭角を現したり、コストダウンを優先課題に掲げたりする新社長は、この年、「新社長登場」で紹介した50人中、10人にのぼります。業種も鉄鋼や素材などのメーカーから製薬、不動産、エアラインなどへと広がっていきました。

 こちらも何人か紹介してみましょう。

 1998年4月に就任した鉄鋼メーカーの新社長は「合理化の徹底」を最優先の経営課題に掲げました。1兆4000億円を超える有利子負債の圧縮などに手をつける時期が来たと見て、「期間損益を黒字にするためのコスト削減から、財務体質の強化のためのリストラに着手する」と宣言しています。

 同年6月、前経営陣による抜擢で就任した不動産会社の新社長は、1970年代半ばに千葉市内の住宅開発を担当したとき、家の各部をあらかじめ作り、それらを現場で組み合わせるユニット工法で建設コストを削り、社内で注目されました。「有効活用できない資産は、バランスシートから切り離す」とリストラを課題に掲げました。

 製薬会社の新社長は、「1993年に赤字の化成品部門に乗り込み、前任者が手を着けられなかった工場の人員を削減して、わずか1年半で黒字転換を果たした」ことで頭角を現しました。従業員数の削減を重要な経営課題だととらえ、「4700人の従業員を、3年後の2011年には4300人に減らす」目標を掲げました。

そしてやる気をなくす社員たち……

 もちろん放漫経営を改めるためのコストダウンは大切です。浪費を押し止めるのは経営陣の重要な仕事の一つでしょう。

 しかし経営者の役割は有用な支出まで抑えてひたすら節約し、お金を蓄えることではありません。お金を有効に使い、企業価値を高め、社員や株主などに報い、経済を活性化して社会を豊かにする――これこそが本来求められるべき経営でしょう。経営者はそのために短期的な利益のみならず、中長期的な観点から有用な投資と無駄な浪費をきちんと峻別しなければなりません。

 残念ながら、金融危機以降、少なからぬ大企業の経営者たちは教育・研修費や研究開発費、設備投資という有用どころか不可欠な支出まで削減してしまいました。コストダウンを自己目的化し、恒常的かつ長期化な経営目標に位置づけました。

写真はイメージ ©getty

 その結果、社員のやる気はますます失われていったのです。

「社員のやる気はますます失われていった」“コストダウンがうまい人間”ばかりを重宝した日本企業の大失敗

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