文春オンライン

「北九州の恥」と呼ばれたド派手衣装を生んだ店主のプロ意識 「成人式には不適切な衣装」をなぜ作り続けたのか?

source : 提携メディア

genre : ビジネス, 働き方, 商品, 社会, ライフスタイル

note

先輩より派手な衣装を着たい――。新成人の要望はさらにエスカレートしていく。本来は伝統的でシックな着物が好きだという池田さん。最初は戸惑ったものの、彼らの要望を形にしていくうちに、充実感と達成感を味わい始めていた。

そして金さん銀さんの登場から6年後、今のみやびのスタイルを確立する一人の青年が現れる。通称「虹キング」。彼は2008年の成人式翌日にやってきた。

「模造紙みたいな紙に、色鉛筆で自分の希望を描いてきたんです。ここをファーにして、ここには柄が入って、背中には派手な刺繍が入って、生地は七色のレインボーカラー。オリジナルの傘と扇子にフルネーム入りの幟旗……。今北九州の成人式でスタンダードになっている全てのオプションやアイデアの種が、そこに詰まっていたんです」

ADVERTISEMENT

彼の拙いデッサンを一つひとつ形にしていくことに決めた。いちばん大変だったのは七色の袴。どうすればいいのか分からなかった。縫製会社にはすべて断られ、結局は自分で布を縫いつないだ。

池田さんのなかで全てのスキルセットが揃うことになる。虹キング以降、どんな要望にも対応できる自信がついた。

「うちに来る新成人は、すでに働き始めている子が多いんです。私にとって成人式は毎年の行事だけど、彼らにとっては一生に一度。みんな、この日を目標に頑張って働いているから、思い出に残るものにしてあげたい」。これが池田さんの原動力になった。

北九州の「ド派手成人式」が全国へ

北九州の成人式が有名になるにつれて、池田さんの店も大きくなっていく。まずは東京・銀座、西葛西、千葉と首都圏に3つの支店を構え、強いリクエストを受けて大阪・守口市にも出店した。

北九州の成人式がマスコミに取り上げられるようになったのも、池田さんが絡んでいた。発端は毎年成人式の写真を掲載していた地元タウン誌「エヌオー(NO‼)」が、出版業界の不況のあおりを受けて廃刊したことだった。

「中学のころから、成人式でエヌオーに出るんが夢やったのに!」
「ねえ、みやびで雑誌、作らん?」