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宮﨑駿監督は“ドバドバの流血”を描き足した 『君たちはどう生きるか』作画監督インタビュー《Gグローブ賞受賞記念》

2024/01/10
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米アカデミー賞の“前哨戦”とも呼ばれる、第81回ゴールデングローブ賞(アニメーション映画部門)を宮﨑駿監督『君たちはどう生きるか』が受賞しました。同作の作画の“最高責任者”である作画監督を務めたのが、本田雄氏。本田氏は庵野秀明監督による「エヴァンゲリオン」シリーズを担当してきたアニメーターであり、『君たちはどう生きるか』の制作にあたってカラーからスタジオジブリへと引き抜かれています。

 

6年にもわたる制作期間のなか、同氏が机を並べながら見た宮﨑駿監督の“異様なこだわり”とは?

すべての絵を自分一人で描くつもりで

 本田 思えば「動く絵」の面白さに気付いた最初のきっかけが『未来少年コナン』だったんです。小学校5年生のとき、テレビでたまたま見ました。『アルプスの少女ハイジ』のようなキャラクターなのに、おもしろい動きをさせていて、しかも最終戦争後の世界を描いた不思議なSFだった。足の指で物をつまんだりするコナンの動きが面白くてね。

 今思えば、初めて見た宮﨑作品です。『ルパン三世 カリオストロの城』も大好きでした。やっぱりルパンのコミカルなアクションにハマった。それまでのアニメ表現とはまったく違いました。当時はノートに漫画を模写したりしていた“漫画少年”でしたが、そこから一気に“アニメっ子”になりました。

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宮﨑駿監督 ©文藝春秋

 ジブリ作品への思い入れはやはり強いです。小学生時代から宮﨑アニメに触れてきたわけですからね。これまでもアニメーターとして『崖の上のポニョ』や『毛虫のボロ』などに参加させてもらいましたが、『君たちはどう生きるか』は宮﨑監督の10年ぶりの長編映画。その作画監督を任されたわけですから、気合いは入っていました。すべての絵を自分一人で描くつもりでやりました。

 宮﨑駿監督(82)の最新作『君たちはどう生きるか』が、72億円の興行収入を達成する大ヒットとなっている。「全編手描き」の絵が素晴らしく、謎が多い物語にもかかわらず、その迫力満点の表現で観客を冒険世界へぐいぐいと引き込む、アニメ本来の魅力を実感させられる大作だ。

 本誌前月号では、同作の作画監督を務めた本田雄氏(55)への3時間に渡るインタビューの前編を掲載。2017年の始動から作品が完成するまで、6年にわたる巨匠・宮﨑駿との“真剣勝負”の日々を振り返った。

 本田氏は同業者からは「師匠」と呼ばれる名うてのアニメーターだ。宮﨑監督だけでなく、庵野秀明監督、今敏監督、押井守監督といった日本アニメーション界を代表する作家のもとで仕事を続けてきた。『君たち』の作画監督を引き受ける直前は、20年近く関わった庵野監督の「新世紀エヴァンゲリオン」シリーズの最新作『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の作画監督を務めることが内定していた。だが、本田氏は『君たち』に参加するため、所属していた制作会社カラーからスタジオジブリへの移籍を決意した。

 大仕事を終えた本田氏の脳裏にいま去来するものは何か。2人の天才監督から確かな腕を評価された“アニメ職人”の本音を聞いた。

ガンダムの衝撃

 本田 『風の谷のナウシカ』も『天空の城ラピュタ』も『名探偵ホームズ』も、全部大好きでした。でも、宮﨑アニメ以外にもいろいろみましたよ。『幻魔大戦』『AKIRA』『超時空要塞マクロス』『宇宙戦艦ヤマト』……80年代の日本にはすごいアニメがたくさんありました。でも、衝撃的だったのは、何と言っても、『機動戦士ガンダム』です。ガンダムには様々なシリーズがありますが、私が好きなのは「一年戦争」を描いた、いわゆる“ファースト・ガンダム”。特に中学生の頃に観た、劇場版3部作が決定的でした。

 ロボットものではあるけれど、いわゆる勧善懲悪ではなく、構造的に戦争を描いた、大人向けのアニメでした。当時はまだ子供だったので、ストーリーもよく理解できていなかったし、「ミノフスキー粒子が散布されているから、宇宙空間でのレーダー探知が不能」といった架空の設定ももちろんよくわかっていなかった。この設定のお蔭で、宇宙空間でのモビルスーツ(ロボット)同士の近接戦闘の必要性が出てくるので、同じ画面の中でガンダムと敵が戦うという絵を描くことができる。そのために富野由悠季監督がつくった設定なんですね。大人になって知ったのですが、「ミノフスキー粒子」って、富野さんの苗字から「ミノ」をとった造語なんです(笑)。

「あの白いヤツだ……」

 ガンダムの劇場版3部作は大人になってからも何度も見返しました。不朽の名作ですよ。「左舷! 弾幕薄いぞ! 砲撃手、何やってんの!」なんていうブライト艦長のプロっぽい台詞が格好良くて。そういうディテールにこだわった大人の人間ドラマ、演出の巧みさが生み出す説得力に、子供ながらに魅せられたのだと思います。

本田雄氏 ©文藝春秋

 例えば、劇場版第3作『めぐりあい宇宙(そら)編』の冒頭では、地球のジャブロー基地から宇宙に飛び立ったホワイトベースを、主人公アムロの宿敵である“赤い彗星”のシャアが乗る戦艦ザンジバルが追撃している場面から始まります。行く先には、シャアから連絡を受けた3隻のムサイ艦隊が待ち構えている。実はホワイトベースは地球連邦軍の主力艦隊がジャブローを無事に出発するための囮なんですね。

 ホワイトベースに乗った少年兵たちにとっては初めての宇宙空間での戦闘です。ピリピリとした緊張感の中でモビルスーツが次々と出撃する。ホワイトベースの艦砲射撃が始まると、相手方のムサイ艦隊にも緊張が走る。

 相手も主力機であるガンダムを叩こうと待ち構えるわけですが、まるでガンダムの姿が見えないのです。

「ガンダムがいないそうです」

「そんなはずはない。ガンダムはいるはずだ。どこなんだ?」

「ドレン大尉、ゼロ方向から接近するものあります」

「なんだ!?」

「モ、モビルスーツらしきもの!」

 次の瞬間、すぐ隣のムサイ艦が真上からのビーム砲攻撃を受けて撃沈します。しかし、まだガンダムの姿は見えません。

「ガ、ガンダムだ。あの白いヤツだ……お?」

 恐れ戦く敵艦司令が、ハッと上を見上げます。すると、BGMや爆発音がスッと消え、静寂の中、真っ暗な宇宙空間から1点の白い光が現れる。ここで初めて、ガンダムが描かれるわけです。真打登場です。そして、たった1機ですべての敵艦を次々に撃滅する。

 何度見てもすごいシーンです。観客に何を見せて、何を見せないかが考え抜かれている。アングルの切り替えやBGMなどの演出も見事としか言いようが無い。映画が公開された頃、私は中学生でしたが、「かっこいい! 本当にすごい」と心を鷲掴みにされました。

 安彦良和さんの絵も神懸かっている。これは業界の噂ですが、監督の富野さんが指定していないシーンも、劇場版にするにあたって安彦さんが勝手に描き直していたそうです。だから、随分とテレビシリーズと違うんです。テレビ版もすごいけれど、映画版はもっとすごいと思いました。