天皇・神話・震災……なぜ日本のサブカルチャーは右傾化するのか? 新海誠監督『すずめの戸締まり』(2022年)、海上自衛隊と『ONE PIECE』、庵野秀明総監督『シン・ゴジラ』(2016年)などを論じた、批評家の大塚英志氏による約2万字の原稿「アニメと英霊」。全3回にわたって「文藝春秋 電子版」に掲載した、この論考の冒頭部分を公開します。

「残念ながら日本の教養の原点はジャンプ」

 この原稿は一通のSNSの投稿から始まる。

 1月2日、防衛省海上自衛隊(@JMSDF_PAO)とあるアカウントに、甲板の先端に旭日旗を掲げ「正義」と背に白く描いたTシャツ姿で腕を組む隊員たちの写真とともに「今年も専心職務の遂行にあたります!」とのコメントがSNSに投稿されたのだ(現在は削除)。

 その後ろ姿からは学園祭ノリの幼さ、あるいは元ヤン的なドヤ顔が透けて見える気がして、自衛隊文化とは今はこんな感じなのかと一瞬思い、そしてその元ネタが『少年ジャンプ』の人気まんが『ONE PIECE』にあると思い至るまで、正直に言えば少し時間がかかった。同作に登場する「海軍」の白コートの背には「正義」と描かれていて、同様の意匠のTシャツも市販されているはずだ。海自と米海軍が共存する海軍の街・横須賀市では、2019年、『ONE PIECE』とのコラボ企画で、上地克明市長がこの「正義」コートを羽織り、東京湾の猿島に向かう後ろ姿を撮影した写真がオンライン上にみつかるはずだ。

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防衛省 海上自衛隊(@JMSDF_PAO
)によるツイート。『ONE PIECE』を元ネタとした投稿は現在削除されている。

 安倍マリオに始まり、「日本文化」化したコスプレと政治や行政の野合にはもはや神経は鈍麻しているが、それでも海自という「国防」組織の年初の決意を示すツイートが『ジャンプ』からの引用であることには、ある種の感慨を持った。つまりナショナルな意識を公が大衆に表明しようとする時、それを支える教養の変容とでもいうべきものを改めて実感せざるを得なかったのだ。メディア史ではナショナリズムの大衆的教養は大日本雄弁会講談社の提供する文化として明治以降、永らくあったというのが定説だが、それが『ジャンプ』にとって変わったのかという程度の感慨ではあるが。

 無論、『ジャンプ』が「教養」化したのは自衛隊員の職業意識に於いてだけではない。オンラインで実行犯を募る強盗グループの指示役は「ルフィ」と名乗っていると盛んに報道もされた。そういったことも含め、何年か前、川上量生が『朝日新聞』のインタビューで「残念ながら日本の教養の原点はジャンプ」になってしまったと発言したことを改めて思いだす。