【佐藤】狩人がそんなことを想像するのは、明らかに不自然です。まだ認知能力が十分ではない子ども向けだからこそ、狼は食べ物を歯で噛み切ってから胃袋に納める、という科学的事実と明らかに反することを教えるのは、教育上、いかがなものでしょう。
【池上】「赤ずきん」はグリム童話として有名ですが、これも基になった話は、赤ずきんちゃんが狼に食べられてジ・エンドというハードボイルドで、狩人も登場しないのだそうです。やはり、「めでたし、めでたし」という物語に作り変えるために、そういう無理が生じたのではないでしょうか。
【佐藤】この狩人に関しては、物語の最後の方にさりげなく、こういう記述があります。
登場人物の中で唯一、金銭的な利益を得ている「狩人」
赤ずきんちゃんは、すばやく大きな石をたくさんもってきて、それをオオカミのおなかのなかにつめこみました。
やがて、オオカミは目をさまして、とびだそうとしましたが、石があんまりおもたいので、たちまちその場にへたばって、死んでしまいました。
これを見て、三人は大よろこびです。狩人は、オオカミの毛皮をはいで、それをうちへもってかえりました。
(「赤ずきん」グリム、矢崎源九郎訳)
【佐藤】なんと後世から登場したはずの狩人は、どさくさに紛れて死んだ狼の毛皮を剥ぎ、それを持ち帰っているんですね。登場人物の中で唯一、金銭的な利益を得ていることになります。
【池上】狼は赤ずきんやおばあさんの所有物ではありませんから、命を救ってもらった対価ではありませんよね。よく読むと、最終的に狼を仕留めたのは、機転を利かして腹に石を詰め込んだ赤ずきんだし(笑)。
狩人が、2人の人間を食べて満腹になったために眠ってしまった狼をたまたま見つけて、彼女たちを助けるついでに毛皮をいただいた。そういう物語だとすると、やはりあんまり教育的な話だとは言えないのかもしれません。
狼にとってみれば「とんだ災難」だった
【佐藤】一方の狼の立場になってみましょう。自分の縄張りである森を歩いていたら、たまたま「おいしそうな」赤ずきんと出会った。餌にしようと思っても、それ自体は当然のことです。狼は肉食獣なのだから。