【池上】言葉巧みにおばあさんの家を聞き出して、そちらもいただいてしまおうと考えたのも、生きるため。なのに、人間に手を出して、しかもちょっと欲張ったために、殺されて皮まで剝がされてしまった。狼にとってみれば、とんだ災難だったと言えますね。
【佐藤】森で赤ずきんと出会ったのが、運の尽き(笑)。
【池上】これは、“勝ち組・狩人、負け組・狼”の物語でしたか(笑)。
【佐藤】狼については、おばあさんに変装して寝ている彼と、赤ずきんとの次のようなやり取りにも注目すべきです。
そこで、寝床のところへいって、カーテンをあけてみました。すると、そこにはおばあさんが横になっていましたが、ずきんをすっぽりと顔までかぶっていて、いつもとちがった、へんなかっこうをしています。
「ああら、おばあさん、おばあさんのお耳は大きいのねえ。」
「おまえのいうことが、よくきこえるようにさ。」
「ああら、おばあさん、おばあさんのお目めは大きいのねえ。」」
「おまえがよく見えるようにさ。」
「ああら、おばあさん、おばあさんのお手ては大きいのねえ。」
「おまえがよくつかめるようにさ。」
「でも、おばあさん、おばあさんのお口はこわいほど大きいのねえ。」
「おまえがよく食べられるようにさ。」
オオカミはこういいおわるかおわらないうちに、いきなり寝床からとびだして、かわいそうな赤ずきんちゃんを、ぱっくりとひとのみにしてしまいました。
(同前)
狼は一言も嘘をついてはいない
【佐藤】変装はしているのだけれども、狼は一言も嘘をついてはいないのです。相手が抱いた疑問に対して、本当のことを答えているだけです。
【池上】「因幡の白兎」と違って、余計なことはしゃべっていません。最後に「お前をいただくよ」という本音を述べるのは、万事準備が整ってからでした。
【佐藤】何ごとかを成そうと考えたときには、それに疑問を抱く人間に対しても誠実に対応する。嘘はつかないけれども、相手が本当に知りたいところは、ミッションが成功するまでは明かさないでおく。そういうのもインテリジェンスの技です。