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「日本人の歩みは遅い」 ハリルホジッチがクロアチア紙に語った本音〈全訳〉

クロアチア紙インタビューを全文掲載

 突然、日本代表監督を解任されたヴァイッド・ハリルホジッチ。解任会見を開くこともなく、いまだ沈黙を保っている。しかし、クロアチアのメディアには本音を語っていた。インタビューしたのは、クロアチアのスポーツ紙『Sportske Novosti』(スポルツケ・ノヴォスティ)のトモ・ニチョタ記者。ハリルホジッチが2010年夏から10カ月ほどディナモ・ザグレブの監督を務めた当時は、番記者として批判する立場にあったが、今では良好な関係を続けている。そんなニチョタ記者が解任されたばかりの日本代表監督に直撃し、独占インタビューに成功。4月14日付の同紙に掲載されたインタビュー全訳を掲載する。そこにはハリルホジッチの驚きと失望が見え隠れしていた――。

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〈クロアチア紙の見出し〉

《酷い別れのあとで心を砕かれ、失望しているディナモ元監督》
「本当にショックを受けた。そんなことが起こる兆候は何もなかった。何と言えばいいのか分からない」

4/14付『Sportske Novosti』の一面。左下にハリルホジッチ・インタビューの見出しが掲載されている

〈記事本文〉

 ここ数日、ヴァイッド・ハリルホジッチは電話に出てくれなかった。ワールドカップ開幕までわずか2カ月、日本代表監督を解任されたことは彼に影響を及ぼしたのだ。ようやく昨日(注・4月13日)になって連絡が取れたが、疲れた声で話す彼は失望を隠すことが難しいようだ。

「ショックを受けたよ。本当にショックだ」

「多くを話したくはないね。数日後には東京に行く。問題を解決して、そのあとに自分の心の中にある事柄について話すつもりだ」

 ヴァハ(旧ユーゴスラビア諸国でのハリルホジッチの愛称)はそのように語ったが、失望の一部分を我われにも明かしてくれた。

ディナモ・ザグレブ監督時代のハリルホジッチ。2010年11月のオシエク戦にて。国内リーグでは20勝3分1敗という圧倒的な戦績を残したが後に解任された。 ©長束 恭行

「ショックを受けたよ。本当にショックだ。そんなこと(解任)が起こる前触れは本当に何もなかった。何もだ。すべてはスムーズに進んでいたし、我われはワールドカップに向けて準備をしていた。開幕までのスケジュールについても計画していた。それなのに『もうあなたは代表監督じゃない』と(日本サッカー協会は)言ってきたんだ。何と言えばいいのか分からない」

――日本サッカー協会で発表された、いわゆる公式な説明によると「ドレッシングルーム内における代表監督と選手たちの関係、コミュニケーションに障害があり、これ(解任)は緊急介入であった」ということになってます。代表監督と選手たちの間はそこまで悪化していたのですか?

「分からない。まったく。選手が何か不満を持っているとは感じていなかった。もしかしたら、起用されなかった選手は不満だったのかもしれないが、誰が知るというのかね? 今の状況を解決しない限り、すべてについて話したくない。もしかしたら、近いうちに起きたことすべてに関して何かしら新たな知見を得るかもしれない。話せる時が来たら、詳細について私は話すつもりだ」

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