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東大生が選んだもっとも尊敬する学者・南方熊楠 その奇行の真相とは(前編)

フランス文学者・桑原武夫の南方熊楠論

2018/05/04

source : 文藝春秋 1952年12月号

genre : ライフ, 読書, テレビ・ラジオ, ライフスタイル, 歴史

南方熊楠をご存知でしょうか。

去年生誕150周年を迎えた、細菌学で知られる明治の大学者です。細菌学者とはいうもののその知見は多岐にわたり、東大生が選ぶ尊敬する学者でも1位に輝くなど、今でも根強い人気を誇っています。(参考:さんまの東大方程式 フジテレビ系列)

そんなニッチな学者を、フランス文学者であり文化勲章を受章した桑原武夫氏が描いた記事がありました。

出典:文藝春秋 昭和27年12月号「南方熊楠の学風」

カワヤの神さま

著者・桑原武夫氏 ©文藝春秋

 私はカワヤの中では簡単にツバをはかない。という意味は、ツバをはきたくなっても自然にははけないで、そのためにはかすかながら努力感、といっては大ゲサだがそれに近いものが伴うのである。私は父の怪力乱神を語らぬという教育方針にもかかわらず、郷里越前の祖母から幼いころ色々迷信を注入された。

 その教えの一つに、大便所へ入る前には必ずセキばらいをすること、大便をしながらツバを絶対にはいてはならぬこと、というのがあった。私は幼時から理屈をいうことが好きであったらしく、日本一の金持は三井さま、一ばん強いのは弁慶と教えられたとき、それでは一ばん貧乏な人は誰か、一ばん弱虫は何というか、と質問して手こずらせ、同時に祖母たちの寵愛をましていたようだが、便所のことについても色々究明したらしいが、祖母はセキについては説明を与えず(或いは私が忘れたのかも知れない)、ツバの方については、カマドの中と同じように、大便所のツボの中には神さまがおられ、頭がすっかり禿げている。それでツバをかけられると怒ってタタリをされるといった。

 禿げ頭にはなぜツバが禁物なのか、祖母は納得いくように説明できなかった。しかし、子供が山の天狗にさらわれて金ダライをたたいてさがしにゆく、といった話をよく聞かされていた私は、タタリは恐ろしく、便所でツバははかなかった。

南方が教えてくれた『厠神』という答え

 学校へ入ってから迷信打破を強調され、自分が迷信を実践しているのが恥ずかしくなって、自己変革を試みた。もちろんタタリはなかったが、幼時に叩きこまれた信仰は根強いもので、ツバをはきたくなっても自然にははいていない。努力はもう必要ではないが、ツバをはくということが自覚作用として行われるのである。

 私はこの民間信仰を不思議に思い、その理由を考えるために、ときどき人に話してみるのだが、私より若い人々はもちろん、私と同年輩の人でそういう禁忌の存在を知つている人にすら今まで出会ったことがない(私の妻は例外である。彼女は私と同郷で遠縁にあたる)。したがって、その理由など教えてくれる人もなかった。

 ところが南方熊楠【ミナカタクマグス】全集第三巻の『厠神』が、私の40数年来の疑問に解答を与えてくれた。こと自体は重要なことではないが、かすかに感謝の気持がわくのである。それは、芸術のもっている楽しみと一部分かさなるところがあるような、無償の行為に対する感動のようなものといえよう。

 南方によれば、セキばらいをすることは、人間と鬼神に知らしめるためで、私が一人で考えていたように、日本の大便所は中からカギがかからぬから、不用意に戸をあけてはならず、一種の警報の役をはたすだけでなく、便所の神が不用意のときにいきなり上から汚物をその面の上に落すようなことがあってはならぬからであるという。そして『毘尼母経』や『雑譬喩経』の経文が引用してある。

 ツバの方は、カワヤの神は、「一手で大便、他の一手で小便を受く、もし人厠中に唾吐けば神怒る」と明治初年和歌山でいわれたとある。越前の老婆の信じていたことが紀伊のみでなく、インドにもつらなつているということは、何となく陽気な感じがしてよい。

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