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派遣会社の男性社員に求められる「絶妙な距離感」

『天龍院亜希子の日記』(安壇美緒 著)――著者インタビュー 

“派遣”で働く苦労があれば、“派遣会社”で働く苦労もある――そんなユニークな着眼点と、巧みに描かれる27歳男子の「本音」に、共感の声がぞくぞくと寄せられているという。それが、安壇美緒さんにとって初めての長篇小説にして、第30回小説すばる新人賞受賞作である『天龍院亜希子(てんりゅういんあきこ)の日記』だ。選考会でも、「現代の風を強く感じさせてくれる」と絶賛された。

『天龍院亜希子の日記』(安壇美緒 著)
『天龍院亜希子の日記』(安壇美緒 著)

 実際、人材派遣会社で働く青年・田町譲(たまちゆずる)が抱える大小さまざまな「悩みの種」は他人事とは思えないほどリアルだ。育児で休みがちな先輩社員を巡ってぎくしゃくする職場に、捌(さばき)切れないほどの仕事量、結婚に向けて温度差のある恋人との関係……覚えがある人も多いであろうシチュエーションが切実なまでに迫ってくるのは、安壇さんが、そこに漂う「空気」を的確に捉えてみせているからだろう。

「口には出されないのに、良くも悪くも察し合ってしまう心情ってありますよね。あえて言葉にされないのにくっきりとそこに横たわるもの。この小説を書こうと決めた頃、ちょうどそういう、『あ、いま!』という心がざわついた瞬間があって、それを手がかりに一気呵成に書きあげたのがこの作品です」

 その瞬間は、人材派遣会社のある男性社員との「別れ際」にやってきたという。

「短期バイトをしようと登録した派遣会社から連絡があって、面接に行ったんです。派遣先との面談には派遣会社の方が立ち会う決まりで、現れたのがその男性でした。終了後、ホッとしつつふたりで最寄りの品川駅まで歩きながら、他愛もない話で盛り上がって。帰る方向も一緒で、奇遇ですねなんて話していたんですが、いざ駅に着いたら『あ、じゃ、僕はここで!』とサッと彼が事務的に立ち去った(笑)。『え!?』と驚く反面『わかる!』という気持ちも。彼にとって駅までは『仕事』。でも、それ以上はごめんなさいっていう。その時、『今度の小説の主人公は彼だ!』と閃(ひらめ)くものがありました」