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戦後最年少で直木賞を受賞 作家のイメージを壊したい――朝井リョウ(2)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2015/05/10

genre : エンタメ, 読書

(1)より続く

朝井リョウ(あさいりょう)

朝井リョウ

1989年生まれ。岐阜県出身。2009年「桐島、部活やめるってよ」で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。11年『チア男子!!』 で第3回高校生が選ぶ天竜文学賞を、13年『何者』で第148回直木賞を、14年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞を受賞。その他の作品に『星やどりの声』『もういちど生まれる』『少女は卒業しない』『スペードの3』、エッセイ集『時をかけるゆとり』。

女性のことは書けることと書けないことがある

――『桐島、部活やめるってよ』はいちはやくゲラで読ませてもらったんですが、途中で「あれ、作者って女性だっけ」と思ったんです。今回募集した質問にも「女の子の気持ちがなぜこんなに分かるんですか?」というものが多いですよ。

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

朝井 リョウ(著)

集英社
2012年4月20日 発売

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朝井 僕くらいの女性描写は誰でもできると思うんです。ああ、自己卑下が始まっちゃった……。僕は男性を書く時のほうがブレーキがかかるんです、「こんなことしないよなー」ってすぐに思ってしまうので。逆に、女性を書く時は「こんなことも……もしかしたらするのかな?」と思い、余計なブレーキがかかりません。自由に動いてくれる感じがします。ある作家さんの対談記事を読んでいたら、「なぜ自分とは違う立場の人を克明に描けるのですか」と訊かれて「プロだからです」って即答されていて「かっこいい!」って思いました。僕も「プロだから書けるんです」と即答できたらいいんですが……。

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――学生時代に教室内の女子たちを観察していたことも役立っていますか。

朝井 観察していたというか、男子はみんな女子のことを見てたと思いますよ(笑)。僕はその中でも記憶力がいいだけだと思います。中でも印象的だったのは、女の子って二人組でいることが大切なんだなって思ったこと。中学生のとき同じクラスの女の子に「もしあなたが女子だったら本当に離れない二人組になれるのに」って言われたことが忘れられなくて。クラスの女子が順番に仲間外れにされていて、その時ちょうどその子の番だったんで、それを言われた時にちょっと泣けたんですよね。男子って、こんなに切実に二人組を求めることないなって思ったんです。その一言が今でもずっと頭の中で響いている。そのとき、女子からは男子が想像もしないようなセリフが出てくるんだなと、もっと聞きたい! と思ったことから、より観察するようになったんだと思います。

 でも、男と女を全然違う生き物とは思ってはいないですし、かといって自分の思いを女性に託しているというわけでもないんですよね。なんとも言えません。

――でも、意外なところが分からなかったという話を前にしていましたよね。『スペードの3』のインタビューで、ファンデーションが皮脂で溶けている描写があってすごいと伝えた時に。

朝井 女性のことは書けることと書けないことがあって……服を着るところを細かく描写したりはできないかも。順番とか、そのとき何に気を付けているかとか、よく分からないので(笑)。とにかく女性の着る服が分からない。季節ごとに女性誌を見て、そこに載っている組み合わせをそのまま書いたりもします。靴とか鞄とか本当に分からない。組み合わせぐちゃぐちゃだと思います。

 そして瀧井さんに話したことがあるのは、トイレの個室の描写ですよね。男はズボンとパンツを下げるけれど、女性がどうしているのか分からなくて「スカートを下げる」って書いたら、女性編集者に「スカートははいたままです」って言われて、あれは衝撃でした(笑)。そうやって考えると、女性がひとりでお風呂に入っているところもきちんと書けないかもしれない。鼻まで沈んで泡ぶくぶくとか書いちゃいそう(笑)。

――ところで、第2作『チア男子!!』(2010年刊/のち集英社文庫)は、男子チアリーディング・チームを描いた青春スポーツ小説でしたよね。その時に「エンタメ作家になりたい」って言っていましたよね。

チア男子! ! (集英社文庫)

朝井 リョウ(著)

集英社
2013年2月20日 発売

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朝井 今でも言っていますよ。でもそれは、つまり、なれないからなんです。エンタメ作家って自分の中にあるものに頼らずに書ける人だと思うんです。それこそファンタジーを書ける人。いい言い方に聞こえないかもしれないけれど僕にとっては褒め言葉として、起承転結のある100%の作り物を書ける人。それと、あらすじが面白い小説を書ける人もすごいと思っています。僕はあらすじを簡潔にまとめた時にこぼれていくものが大事に思えてしまって、結果、小説のあらすじがあまり面白くならないんです。それは新人賞に投稿する時にいつも思っていたことでした。応募する時って、あらすじを添付しなければいけないじゃないですか。それが書けなくて、自分の書くものは筋がないなって、コンプレックスに思っていました。

――あらすじからこぼれ落ちるものが書けることこそ強みだと思うのですが。

朝井 自分は好きなことをしてお金をもらっている、という感覚がずっと消えなくて、許せないんです。ものを書いてお金をもらうんだったら、みんなを楽しませるような作り物の世界を書いてハッピーな気持ちにさせなくては、と思ってしまう。自分の考えを書きました、というものでお金をもらうことに後ろめたさがあるんです。