違和感や怒りが小説の出発点
――でも前に、『チア男子!!』のようなベタなものをまた書きたいけれど、ベタなものは馬鹿にされてしまう、とも言っていましたね。
朝井 バッドエンドのもののほうが深みがあるように言われている気がして、それはどうかと思って。僕は、どちらかというと大団円をきれいに書きたいんです。最後に本当にぱんっときれいに終わって「ありがとうみんなー!!」って言いたくなるようなものが書きたい。……って思っているんですけれど、なかなか書けないんですよねえ。
もう二度と書けないかもしれないけれど、『チア男子!!』みたいなものはやっぱりまた書きたいです。バレーボールを題材にして、『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著/2006年刊/のち講談社文庫)みたいな長い話が書きたいです、いつか、ちゃんと取材して。
――書いてください。さて、その後『星やどりの声』(2011年刊/のち角川文庫)『もういちど生まれる』(2011年刊/のち幻冬舎文庫)『少女は卒業しない』(2012年刊/のち集英社文庫)と、次々と出されましたよね。
朝井 学生のうちに5冊出そうと決めていました。若くしてデビューした人はたくさんいるけれど、在学中にテンポよく5冊出した人はいないだろうと思って。とにかくなにかしらで1番になりたかったんですよ。『星やどりの声』は家族小説で、フィクションをちゃんと書きたいという余波が残っています。『もういちど生まれる』は『桐島~』の次に文学賞に出そうと思って、大学2年生のときに書き進めていたものなんです。ある出版社に「ストックはありますか?」と訊かれて読んでもらったらボツにされて、その後幻冬舎の人に同じことを訊かれたもので「他社でボツにされたものなら」と読んでいただいたら、「これをうちで本にしましょう」と。それが直木賞の候補になったので、本当に分からないものですよね。で、5冊出すために『少女は卒業しない』まで頑張って書いたので、在学中に出した冊数で1番になったかなと思ったら、乙一さんがいたんですよ。僕よりもぜんっぜん出してました、学生のうちに(笑)。
――朝井さんはデビューしてからずっと、ダンスサークルに入っていることや就職したことなど、作品だけでなくご本人も注目されてきましたが、どう意識されていましたか。
朝井 作家になってから、「作家ってこうだよね」というイメージを壊したい気持ちが出てきました。「小さい頃から本が好きだったんですか」と訊かれると「いや、別にそういうわけでも……」と答えたくなる(笑)。あなたの予想通りには答えないよって思っちゃうところがあって。僕が通っていた早稲田大学が特に、作家というものに対して勝手に自分が守りたいイメージを抱いている人が多かったので、それが癪に障ったというのもありますね。
世の中には作家万能説があるように思うんです。作家に人生相談したり、社会問題に対する意見を訊いたりする。でも僕は相談なんかされても答えを見つけてあげられないし、自分のことで精いっぱいだし、すごく幼い。
――そういうことを声高に主張するのではなく、自分の行動や態度で示していこうと?
朝井 そうですね。だからサッカーの試合があればスポーツバーに行って、渋谷のスクランブル交差点でハイタッチしたいんですよ。「文学好きがいちばん嫌がることをしたい」っていうのがどこかにあります。
――自分が抱いた違和感や怒りが小説の出発点になる、とも以前おっしゃっていました。
朝井 喜びとか幸せって、僕の場合は思考が止まるんです。「わーい!」以上、みたいな。でも違和感や怒りを抱くと思考がぐるぐる動き始めます。「何でこうなってしまった?」「誰の何がこれを招いた?」「むしろ社会全体が間違っているのでは?」ぐるぐるぐるぐる……そこから小説の種が生まれてくることが多いんじゃないかな。自分の怒りだけでなくて、他の人の怒りに触れることも大切ですね。私が怒らないことでこの人はこんなにも怒っている、どうして? と考えますし。
『武道館』でも、ファンの人たちがアイドルに対していろんなことにすごく怒っているのを見て、なんでだろうと思ったのがきっかけのひとつですね。アイドルになる前に彼氏と撮ったプリクラが出てきたとか、そういうことでなぜそんなに怒るの? 自覚が足りないとか言ってるけど、その自覚って何? 生まれたときから必要なの? アイドルが何をしたって自分の生活は脅かされないのに、なんで? なんで? という疑問がありました。
――『武道館』もアイドルの話かと思ったら痛烈な問いかけのある小説だし、直木賞受賞作の『何者』にしても就職活動の話のようで自意識やコミュニケーションの問題を扱っていましたよね。ご自身で問いかけや問題提起をしている意識はあるのですか。
朝井 問題提起というよりは、自爆テロみたいな感じです(笑)。その現象のど真ん中にいる人の目線が途中から懐疑的になっていき、ボン! と思考が爆発するような。結果、読者もその爆発に巻き込まれる、というか。そういう感じのことはこれからもしていきたいんです。
たとえば、村田沙耶香さんなんてすごい自爆テロの人だと思うんですよね。読んだ文字が爆発する感じというか、その本が爆弾になっている感じがします。ああいう本がいいなと思うということは、自分も純文学志向なのかもしれません。だからこそ、エンタメに憧れるんだと思います。