有名になりたくて欲望を前面に出す姿に惹かれる
――最新作『武道館』(文藝春秋)はアイドルの女の子が主人公。以前インタビューで「いつかアイドルオーディションの話を書きたい」とおっしゃっていましたが、これはオーディションの話ではないんですね。すでにアイドルグループに所属し武道館でのライブを目指す高校生の愛子の芸能活動と私生活、心の変化を通して、アイドルとは何か、アイドルを取り巻くものとは何かが描かれていく。
朝井 はじめに考えていた話とは全然違う形になりました。最初は純粋に、オーディションの話を書こうと思っていたんです。でも『武道館』はアイドルとして活躍している子から見た世界の物語になったので、オーディションの話はまた別の形で書こうと思っています。
――そもそもオーディション好き、アイドル好きは小さな頃からだとか。ずっと『ASAYAN』という、オーディション番組を見ていたそうですね。そこで、一般の女の子たちが自分で応募してアイドルを目指して競っていたという。
朝井 ドラマ『ビューティフルライフ』(※2000年1月~3月)が放送されていた頃、ドラマを見たがる家族とは別の部屋のテレビでひとり『ASAYAN』に熱中していたことを覚えています。僕は今25歳なので、9歳とか10歳くらいですかね。とにかく、人が選ばれる、選ばれないという状況にゾクゾクしていたんです。人間の運命みたいなものを覗き見ている気がして……、『ASAYAN』は特に、オーディションを受ける方々の欲望みたいなものを包み隠さず放送してくれていました。こんなにきれいで可愛い女の人たちが、さらにここから選ばれるために争っているんだ、って思うと目が離せなかったんです。男の人たちのオーディションもあったんですが、僕は女の子が欲望をむき出しにしている姿のほうが断然好きでした。
有名になりたいって気持ちで、全力でぶつかっている姿がすごく格好よかったんです。テレビに出ている方々の中には「他の人が勝手に応募して」って、まるで自分には欲望がなかったように話す人もいらっしゃいますが、オーディションの場合はみんな「自分が自分が」っていう欲望を、なんの言い訳もなしに前面に出していて、それがすごく気持ちよかったんです。
『ASAYAN』は終わってしまいましたが、ずっとオーディション番組は追いかけています。でも、海外の番組はあまりピンときません。おそらく、海外の方々はもともと欲望をオープンにするような国民性だからだと思います。やっぱり「謙虚が素敵」とされている日本人がガンガンに欲を出している姿に惹かれます。
――朝井さんの世代って、もうアイドルが私生活の見えないカリスマというイメージではなかったんですね。
朝井 そうなんです。超もがいている普通の子たちがアイドルになっていく、というのが『ASAYAN』から教えてもらった大切なことで、恋愛禁止とか「アイドルはトイレに行かない」みたいなファンタジー世界のアイドル像はなかったですね。中澤裕子さんがオーディションを受けていたとき、「昼間はOLの仕事、そして退勤後は夜の仕事もしていた」とナレーションが入ったりして。きっとこれ、今だったらアイドルファンから叩かれますよね。「夜の仕事をしていた人がアイドルなんて!」って。清廉性が!とか言って。夜の仕事っていうのが何を指しているのかもわからないのに。『ASAYAN』で育った私からすると、アイドルが人間っぽいことをしているとすごく怒る人がいる、ということがとても不思議なんです。なんで彼氏がいたら怒るんだろうとか、なんでいいブランドのカバンを使っているだけでそんなに怒ることができるんだろう、って。