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『桐島……』『何者』『武道館』 時代を反映した小説を書きたい――朝井リョウ(1)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2015/05/09

genre : エンタメ, 読書

note

アイドルとは、アイドル以外の道を捨てた人たち

――後半は「選択」という言葉が頻繁に出てきます。人生の選択について、彼女たちはさまざまなことを思っている。

 

朝井 僕はアイドルを見ていると、この人たちはアイドルになる道を選んだというよりも、アイドル以外の道を捨てたのかもしれない、と感じることがあって。歌って踊るアイドルでいられる期間は短いし、いつかは食べていけなくなる可能性がある。でもアイドル以外の道を捨てた自分の選択を、正しい選択にするしかないんだなと思う。この部分と、アイドルの子が身体の変化に悩んでいる部分は、読者に対してというよりも、偶然この本を手にとってくれるアイドルに向けて書いています。そんな偶然があるか分かりませんが……。

――愛子が所属するアイドルグループは、モデルがいるのですか。

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朝井 精神的にはやっぱりモーニング娘。です。『ASAYAN』で放送されたんですけど、第4期オーディションで、誰もが受かると思っていたのに最後に落ちた女の子がいるんですよ。その子の名前を1文字だけ変えたキャラクターを登場させたくらいなので(笑)。

 僕はつんく♂さんの歌詞こそアイドルソングだと思っているんです。他のアイドルソングには人間の根本的な欲望があまり出てこない。でもつんく♂さんの歌詞にはとても自然に性欲や食欲が顔を出すんですよ。「イチャイチャしたい」という女子の性欲をやんわり言い当てているような言葉がよく出てくるし、モーニング娘。の「Give me 愛」には「こんな風に人を スキになるのなんて もっと先だって思ってた」という歌詞があるんですよ。「もっと先だって思ってた」ということは、自分はいつかはアイドルを卒業して恋愛をすることがあると思っていた、ということじゃないですか。あなたに性欲があることはおかしくないよ、あなたが恋愛をすることはおかしくないんだよ、って、つんく♂さんがアイドルの子たちにきちんと伝えているような気がするんですよ。また、モーニング娘。の「DANCEするのだ!」では、まだ12~13歳だった辻ちゃん加護ちゃんに「まだ 長い長い人生を少し 駆け出だしたばかり」って歌わせているんですよ。いまどれだけ国民的な存在だとしても、一生あなたはアイドルではいられないし、その後ひとりの人間として生きていく時間のほうが圧倒的に長いんだよって、あのタイミングでつんく♂さんが言ってあげているみたいで……。つんく♂さんの歌詞は小説を読むように聴いてしまうから気がぬけません。僕は完全につんく♂さんイズムです。

――この本のなかで、ご自身も作詞されてますよね。

朝井 難しかったんですよ! 一見メッセージなんて何もないような薄っぺらなアイドルソングなんだけれども、立場が変わって歌った時にすごく意味が違ってくるようにと、バランスを考えました。

――愛子の視点だけでなく、ところどころでコンサート関係者などまったく別人の視点が入ってきますね。最後になるほど、と思うわけですが。

朝井 アイドルにまったく興味のない人たちの視点も入れておきたかったんです。あの騒ぎはなんだったんだろうね、ま、どうでもいいんだけど、と冷静に見るような人たちの目が欲しかった。そういう視点が連なって、ラストに書いたような価値観の反転が起きるといいなあと感じています。

――いつか書きたいというオーディションの話は、どういう内容を考えていたのですか。

朝井 さきほど『武道館』のあるキャラクターが『ASAYAN』に出ていた女の子と1文字違いだと話しましたが、その子は視聴者もみんな受かると思っていたのに落ちたんです。自分はもう収録を終えて「落ちた」と分かっているけれど、まだそのシーンが放送されていない、という期間が1週間くらいあったはずなんです。全国の視聴者から「あの子は絶対受かる」と勘違いされていた期間が。その期間の心情を書きたいなって。でも長編にならなさそうなので、中編を3つくらい書いて1冊の本にするという、そういうオシャレなスタイルにしようかなと考えています(笑)。