今日で発生から13年を迎えたJR福知山線脱線事故をテーマにした『軌道』という本をこのほど出版した。妻と実の妹を失い、娘が瀕死の重傷を負わされた一人の遺族、淺野弥三一氏の肩越しに、事故の背景とその後のJR西日本を追った記録である。取材過程で同社の歴史、人事や経営手法、指示系統や安全思想など、いわゆる「組織風土」に深く踏み込むことになり、本書は組織論ノンフィクションの色合いを帯びた。

JR西日本の「天皇」とは何者か

 JR西を描くに当たっては、社内外で「天皇」と呼ばれた井手正敬氏を避けては通れない。なにしろ「井手商会」とささやかれるほど、彼の独裁的統治で急成長した企業だ。そして井手氏を語る時に、1987年の国鉄分割・民営化に触れないことはあり得ない。「戦後最大の行革」と言われる国鉄改革を組織内部から主導した、彼こそが「総司令官」だったからだ。

JR西日本株上場で会見する井手正敬・JR西日本社長 (中央・当時)

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 私は、国鉄改革に詳しい先輩記者たちにレクチャーを受け、彼らの手引きで昨年秋、井手氏に直接取材することができた。福知山線事故直後に相談役を辞して以降、裁判の法廷以外はほとんど公の場に──面会を求め続けた遺族の前にも──姿を見せず、数例を除いて肉声が報じられることもなかった井手氏が、あの事故に対する見解をこれほど能弁かつ詳細に語ったのは、初めてと言っていいのではないか(念のため断っておくと、私の約2カ月前に取材した朝日新聞が昨年末にインタビュー記事を掲載している)。