昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

学生が消えた白馬村 “外国人村”での奇妙な「異文化体験」

池袋、高田馬場、西葛西……続々誕生する外国人村は日本を救うか?

2018/05/01

 先日、所用があって長野県白馬村を訪ねる機会があった。白馬といえばスキーのメッカ。学生の頃は毎冬、白馬にある八方尾根、岩岳、栂池高原といったスキー場に通いつめたものである。

 新幹線長野駅からレンタカーを借りて、白馬まで約40km、ちょうど1時間ほどのドライブだ。

白馬村 ©iStock.com

ハンドルを握る私は妙なことに気づいた

 そこでハンドルを握る私は妙なことに気づいた。白馬村に入る頃からすれ違う車の様子が何か変なのだ。よく見ると運転している人の半分以上、いや7割くらいがあきらかに外国人なのだ。しかも中国などのアジア系というよりも欧米系といった顔立ちだ。

 白馬の駅前に車を留め、近くの蕎麦屋さんに入る。白馬の蕎麦はおいしい。ここに来たらまずは蕎麦を食べなくては。蕎麦屋の女将に聞いてみる。

「最近は外国からのお客さん、多いのですか?」

「多いですね。もうスキーシーズンは過ぎたので一段落したけどね」

「欧米やオーストラリアの人?」

「昔は多かったけど最近は中国系も増えましたよ」

 何やら頭が混乱しながらホテルに到着。私たちはここでも異文化体験をする。出迎えてくれたのは、やや日本語が怪しいアジア系のコンシェルジュ。聞くと昨年日本にやってきたばかりという台湾人だ。ちなみに私たちが宿泊するホテルは、中国人投資家が数名で共同で物件を所有していて、運営を日本の現地オペレーター会社に委託しているという。

もはや白馬村は学生の遊び場ではなくなっていた

 聞くところによれば、ホテルの顧客の大半がオーストラリア人や中国人のファミリーやグループ客。冬のハイシーズンは全く予約が取れなくなるほどの人気だという。もはや白馬のスキー場は学生の遊び場ではないのだ。

白馬村のスキー場 ©iStock.com

 部屋は素晴らしく、日本でいうところの3LDK。各部屋にトイレやバス、シャワールームが付く。リビングダイニングからはスキー場を目前にし、すでに雪は少なくなっていたがスキーシーズンはさぞや、と思わせるビューである。

 夜はホテルの案内で街のレストランに出かける。そこでまたまた驚かされたのはホテルの送迎車。なにげに乗車するとドライバーはなんと金髪のお兄さん! 聞けば彼はアメリカ人。おそらくまだ20代前半だろうか。あっけにとられるばかりで長く質問をする暇もなく私たちはレストランに到着。

 さわやかな笑顔で出迎えてくれたウェーターの女性は日本人。なんだかひどく安心してテーブルにつく。ほっとしてレストランをぐるりと見渡すと私たちはその場に漂う違和感にすぐに気づかされた。レストランはほぼ満員。シーズンオフなのにえらく人気がある店だ。だが、なんとそこで談笑する言葉はすべて外国語。日本人は私たちだけだったのだ。

「日本語のメニューをお持ちしましょうか?」

「ようこそ! うちのお店はビールがおいしいですよ」

 フレンドリーで素敵な笑顔を見せるウェーターの女性が持ってくるメニューを見て戸惑う私たち。ビールはすべて外国産。そしてオーダー単位はパイント(pint)。えっと、パイントってなんだっけ? 私たちの頭は混乱を始める。正確には1パイントはアメリカでは473ml、イギリスでは568ml。あとで、スマホで調べながらため息をつく。

 さらに私たちの目線がメニューに移るとみんな言葉がなくなった。メニューはすべて英語表示なのだ。もちろん少なからぬ海外体験をしているメンバーなので不自由はないのだが、こんな体験をまさか白馬でしようとは、びっくりなのである。

「あっ、すみません。日本語のメニューお持ちしましょうか?」

 ここは日本。遠慮することはないので気を取り直して日本語メニューを頼む。

この記事の画像