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唯川 恵
2016/10/31

昭和平成を生き抜いた、ある男の一生

『異端者』 (勝目梓 著)

source : 週刊文春 2016年10月27日号

genre : エンタメ, 読書

 読み進めて驚いた。まさかこんな展開が待っているとは思ってもいなかった。勝目さんの新作書下ろしということで、すぐに手に取り、予備知識のないまま読み始めた。それがいっそう効いたのかもしれない。無防備でいたところへ、じわじわとボディブローを食らうように動揺した。

 読者の皆さんにも、ぜひ同じように動揺して欲しい。そのためにも、ここではあまり内容を語らない方がいいのではないかと思う。ただ、それでは書評の意味がないので、もったいぶったようで申し訳ないが、少しだけ紹介させていただく。

 主人公・新垣誠一郎は昭和十八年生まれ。七十歳を過ぎて、今は南房総の海に近いマンションにひとりで暮らしている。人との付き合いを絶ち、孤独のように見えるが、料理をはじめ日々の家事をこなし、好きな絵を描き、ウイスキーを楽しみ、海を眺めるという平穏な日々を過ごしている。父親は誠一郎の顔を見ることなく戦死し、その後、母とふたりの生活が始まった。大学に進学してからはボクシングと演劇に居場所を求め、就職後はエロ雑誌の編集者として働いた。しかし底の見えない虚無感から逃れられない。そんな誠一郎の昭和平成と生きた記憶が蘇ってゆく。

 七〇年代半ば、勝目さんはバイオレンス・ロマンというジャンルを確立され、ベストセラーを連発された。売れっ子作家は責任を伴う。想像を絶する執筆量だったことは容易に想像がつく。そして肩の荷を下ろされたように、06年に発表された『小説家』以降、新しい世界を書かれるようになった。ひと言で言えば、大人の作家が書く大人のための小説だ。それは静かに、そして深く大人たちを魅了している。

 とても失礼な言い方になってしまうが、齢を重ねると、作家は穏やかになってゆくものと思っていた。性や欲から解放され、無垢なる場所へと還ってゆくような感覚だ。しかし、私は何て甘い人間なんだろうと、本書を読んで痛感した。作家はどこまでも自分を掘り下げていかなければ気が済まない、因果な生き物である。辿り着いた結末の中にこそ、解放された自分が見出せるのだろう。

 このような抽象的な書き方になってしまって本当に申し訳ない。好みは分かれるに違いない。もしかしたら、嫌悪を感じる方もいらっしゃるかもしれない。困惑する方も、眉を顰(ひそ)める方も、憤慨する方も。タブーとサンクチュアリが混濁する中、官能を超えた描写は、生々しささえ凌駕する。

 動揺は読み終わった今も続いている。

かつめあずさ/1932年生まれ。さまざまな職業に就きながら「文藝首都」の同人として小説を発表、1974年に「寝台の方舟」で小説現代新人賞を受賞して流行作家となる。2006年に初の自伝的小説『小説家』を刊行。近著は『ある殺人者の回想』『あしあと』など。

ゆいかわけい/1955年生まれ。作家。2002年『肩ごしの恋人』で直木賞、08年『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞受賞。

異端者

勝目 梓(著)

文藝春秋
2016年8月29日 発売

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