日本にとって最大の危機は少子化と人口減少である――。30年前からそう指摘するエマニュエル・トッド氏と、文学作品を「家族」の視点から論じる三宅香帆氏。今回が初対面となる2人が、親子関係・男女関係から読み解く日本社会の現在地。
(Emmanuel Todd/1951年生まれ。フランスの歴史人口学者・家族人類学者。著書に『老人支配国家 日本の危機』『第三次世界大戦はもう始まっている』『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』『西洋の敗北と日本の選択』等。)
(みやけかほ/1994年生まれ、高知県出身。文芸評論家。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で新書大賞2025受賞。著書に『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』『考察する若者たち』等。「週刊文春」で「令和新語採集」連載中。)
――トッドさんは、家族類型と人口統計にもとづく分析で国家や社会の変動を大胆に予言し、ベストセラーとなった『西洋の敗北』で、西洋世界がさまざまな面で衰退していることを指摘しています。
三宅さんは大学で『万葉集』を専攻された文芸評論家ですが、日本の近現代文学や漫画や映画を、親子関係や男女関係といった「家族」の視点から論じています。
本日は、お二人に「家族」から日本の文化や社会について論じていただきます。
「女性作家の少なさ」と「直系家族」の関係
トッド まず申し上げたいのは、『西洋の敗北』では、二つの「西洋」を区別していることです。米英仏という「核家族(親子関係は自由)」の個人主義的な核心部の「西洋」(狭義の「西洋」)と、戦後、米国のシステムに包摂された日独のような「直系家族(長子相続で親子関係は権威主義的で兄弟は不平等)」、つまり権威主義的な広義の「西洋」です。
三宅 トッドさんの御本は、以前から面白く読んできたのですが、気になっていたことがあります。同じ「直系家族」の日独をトッドさんはよく比較されますが、伺ってみたいのは、「直系家族」と「女性作家」の関係です。
日本には世界的に見て稀有なほど女性作家が多く、奈良・平安時代はとくにそうでした。ところが、直系家族が中世に誕生し、近世から近代にかけて定着するにつれて女性作家の存在感が薄れてきます。ただ今日、再び女性作家が活躍し、海外でも人気を博しています。
こうした日本と比べると、ドイツ文学には女性作家が圧倒的に少ない。このことは、直系家族や女性の識字率と何か関係があるのでしょうか。
トッド 素晴らしい着目点です!
日独の比較は私のライフワークの一つで、直系家族に由来する類似点と共に多くの相違点もある。例えば、私が講演で冗談を言うと、日本人は笑ってくれますが、ドイツ人は笑わない(笑)。日本人にあるユーモアのセンスがドイツ人にはないのです。これは思いのほか大きな違いで、おそらく女性の地位や女性作家の存在とも関わっている。
直系家族とは、英米仏の「核家族」と異なり、「個人を型に嵌める」家族形態ですが、その度合いは、日本はドイツより弱い。“日本の歴史人口学の父”速水融氏が明らかにしたように、日本の直系家族の完成は明治期で、ドイツよりもその歴史が浅いからです。ですから、「ハードな直系家族」(ドイツ)と「ソフトな直系家族」(日本)を区別すべきなのかもしれません。
20回以上の訪日を通じて、礼儀正しく規律を重んじる日本人の「自然人」とも言うべき奔放な面を何度も目にしてきました。上下関係が厳しいはずの会社の上司と部下が酒の席では打ち解けて話す。私は秘かに「日本の5時からの民主主義」と名づけています(笑)。同じ直系家族のドイツには見られない光景です。
三宅 トッドさんの言う「周縁地域の保守性原則」ですね。「新しい」と思われている「核家族」が実は「最も原始(自然人)的」で、中心から離れた周縁部に古い言葉が残るように、太古のホモサピエンス(自然人)の核家族に近い家族形態が、ユーラシア大陸の周縁部に位置している。そして同じ直系家族でも、ドイツより日本の方が周縁部(=自然人)に近い、と。
(通訳・堀茂樹)
《この続きでは、「日本人男性は『本音』を押し殺す」「恋愛を忌避する若者の増加」などのトピックについても触れています。対談記事の全文は現在配信中の「週刊文春 電子版」および12月18日(木)発売の「週刊文春」で読むことができます。》



