新刊『西洋の敗北』の刊行を機に、各国から招待を受けるようになったエマニュエル・トッド氏。4月上旬にハンガリーを訪問したのちに、ロシアにも訪れた。現地での意外な“気づき”とは何か。(通訳=大野舞)
世界は米国を必要としていない
2週間の休息を挟んでモスクワにも行きました。ロシア科学アカデミーの招待を受けたものですが、“一線を越える”行為でした。「親露的発言をするトッドは、クレムリンの工作員に違いない」という仏メディアの非難から身を守るために、ロシア関係者との接触は避けてきたのに、今回は受け入れたからです。
実際に行ってみて、ロシアで自分がかなり知られていることを発見しました。著作も読まれていて、『西洋の敗北』も書店に並び、ベストセラー入りしていました。
博士課程の学生が対象の講義(「人類学と戦略的リアリズム国際関係論」という講演で、ネットで公開する際、「ロシア嫌い」を皮肉るために「ロシアより愛をこめて」とタイトルを付しました)が主目的の訪問でしたが、ロシア外務省傘下の雑誌とテレビ局の取材も受けました。「ロシア24」のインタビューでは、「米国覇権の後退で世界に問題が生じないか」と、完璧な仏語を話す記者に質問されたので――ロシアの仏語教育は驚くほど水準が高いのです――、「妖精に遭遇して願い事を一つ許されたと想像してみてください。私ならこう言います。『米国にはしばらくの間、いなくなってほしい。そうすることで、ユーラシアに平和が訪れるから』」と答えました。
米国は“世界の警察官”だったのではありません。「世界の安全を守るのに米国が必要だ」と思わせるために、イラク、アフガニスタン、ジョージア、シリアなどユーラシア各地の紛争に不必要に介入してきたのです。「世界は米国を必要とする」のではなく「米国は世界を必要とする」なのです。生産する以上に消費する米国は、世界各国からの輸入品なしに現在の生活水準を維持できません。この現状を改めるのが「トランプ関税」の目的で、製造業復活のための保護主義というアイデア自体は私も原則賛成ですが、肝心な「勤勉で良質な労働者やエンジニア」が不在のなかで、建設的・協調的にではなく一種の“破壊衝動”から実施されている「トランプ関税」は、むしろ供給不足とインフレを招き、国内製造業とトランプを支持する庶民の生活に壊滅的な打撃を与えるでしょう。

