昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「どこからどこまでがセクハラ?」と悩むあなたへ――2018年のセクハラ問題の本質

「上司の娘さん」にそれができますか?

2018/05/21

 そもそもセクハラ、セクシャル・ハラスメントの定義とは何なのだろうか。

 セクハラ以外にもパワハラやアルハラなどハラスメントにはいろいろあるが、日本では一般的な法律の規定はない。セクハラは、男女雇用機会均等法に書かれている。「職場において行われる性的な言動」によって、「労働者がその労働条件につき不利益を受け」たり、「就業環境が害されること」。

 セクハラに男性の側から反発が出るのは、「どこからどこまでがセクハラになるのかわからない」ということだ。この条文でも「職場において行われる性的な言動」としか定義されていない。一般的には、相手が不快感を抱いたり、脅威を感じたらそれはセクハラになるのだという考え方もある。相手の意に反した性的言動であれば、すべてセクハラだという意見もある。

 しかしそこまで突き詰めてしまうと、「だったら若手男性社員が同期の女性社員に恋心を抱いて言い寄るだけで、セクハラになりうるのか?」「イケメンが言い寄るのは不快感を与えないから不問で、ブサイクな男だと言い寄るだけでセクハラになるのか?」という疑問を持つ男性も出てきてしまう。

©iStock

「言い寄る自由」があり「ノンと撥ねつける自由」がある

 補助線を引こう。MeToo運動が盛り上がった時に、女優カトリーヌ・ドヌーヴら100人のフランス女性が連名で「ル・モンド」紙に寄せた文章

「私たちは性的な誘いに対してノンという自由は、しつこく言い寄る自由なしには成り立たないと考えます」

 誰にでも恋愛対象に対して「言い寄る自由」があり、言い寄られた側には「ノンと撥ねつける自由」がある。「言い寄る自由」をすべてセクハラだと否定してしまったら、「ノンと撥ねつける自由」もなくなるし、自由な恋愛もできなくなる。ドヌーヴはのちにこの声明は言い過ぎだったと謝ったりもしたけれど、恋愛と性交渉の自由を守って行くべきだという姿勢は変えていない。

 ドヌーヴの主張に理があるとすれば、恋愛とセクハラはどこで切り分けられるのだろう?

 そもそも男女が一対一で会うからセクハラが起きるのだ、という意見もある。「ペンス・ルール」~『最初から異性と1対1を避ける』というセクハラ回避手法の議論。それは新たな性差別を生む?というツイッターのまとめを参考にしてほしい。しかしこの「妻以外の女性とは二人きりにならない」という対策に対しては、女性記者に対する性差別になるという反論が出ている。