昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

星稜・山下監督の前で披露した“細かすぎて伝わらないモノマネ”

文春野球コラム ペナントレース2018 テーマ「高校野球」

 11年前のある夏の出来事だ。第89回全国高等学校野球選手権大会開会式の前日、その日は開会式のリハーサルが行われるという事で僕は甲子園球場にいた。どうしても高校野球に携わりたい気持ちから熊本県代表校の取材スタッフのお手伝いをするというアルバイトに精を出していたのだ。球場外の8号門辺りでカメラの三脚を持ち、カメラマンと今大会の話で盛り上がる。

「大阪桐蔭が決勝で負けましたからねー」

「中田翔は観たかったなぁー」

「でも金光大阪の植松は注目ですよー」

「熊本も熊工でも九学でもなく八代東がノーシードから来たもんねー」

「明日から楽しみですねー」

 そんな何気ない会話を交わす僕達の目の前に2人のレジェンドの姿が!

星稜・山下監督と緊張の初対面

 阪神高速高架下で談笑する星稜高校野球部元監督の山下智茂氏と愛工大名電の倉野光生監督である。どんな会話がなされてるのだろうと見とれているうちに倉野監督は一礼してどこかへ、目の前には山下さんと新聞記者のような男性が一人。

 実はその2年くらい前にテレビ(とんねるずの細かすぎて伝わらないモノマネ選手権)で山下監督のモノマネをやらせて頂いていた過去もあり、どうしても一度ご挨拶がしたかった。しかしながらアルバイト中の僕は勝手に持ち場を離れる事はできない。すると一緒にいたカメラマンが無言で僕の三脚とバッテリーやテープが入った鞄を引き取り、

「挨拶いってこなあかんやろ?」

「ありがとうございます!!」

 カメラマンの優しさに甘え、監督の方へ走り出した。とにかくしっかり挨拶だという気持ちから声は大きかったと思う。

「山下さん! はじめまして、自分、芸人やってます、かみじょうたけしと申します!」

「こんにちわ」

「実は僕、とんねるずさんの番組で以前監督のモノマネをやらせてもらった者なのですが、ご存知でしょうか?」

「あー、ちみ(君)だったのか?」

 知ってくれている!!!! しかも続け様

「次の日うちの野球部員がマネしてたよー」

 えぇぇー!!

 会話できた嬉しさと極度の緊張感とで、ありがとうございましたとだけいい残し、その場を離れたと記憶している。

星稜高校野球部元監督の山下智茂氏

 しかし話はここからだ、カメラマンの元に戻った僕を追いかけてきたのは隣にいた石川県の新聞記者だった。

「山下さんとツーショット写真いただけないでしょうか?」

 妙な展開になってきた。

 写真を撮り終えると山下さんが、「おーい、集合!」

 気づけばあの松井秀喜氏も袖を通していた黄金のユニフォームが僕と山下さんを取り囲む。

「彼だって、俺のモノマネしてたの」

 すかさず新聞社の方が、

「せっかくなんで、モノマネやっちゃいますか?」

 変な音頭をとるなっ。。

 しかし、ここは芸人魂ぶつけるときやと腹を決め、本人の前で初披露。

「まっさかのぉ~(松坂の)、高めを振らないためにヘルメットのつばはふがぁ~ぐかぶれ」

 ……。

 蝉の鳴き声だけが僕達を包んだ。 

 98年夏の甲子園で横浜との対戦前夜に松坂大輔投手の150キロを超える高めの球にどうしても手が出るなら、ヘルメットのつばを深くかぶり、高めの目線を切ってしまえという作戦を発表した時のモノマネである。

 しかしそんな訳のわからない芸人のモノマネにも、「言ったかなぁ? 言いましたねっ」と神対応で答えてくれた山下さん、あの時は大変失礼いたしました!

 て…… おいおい。。

 イーグルス関係あらへんやないかーい!! お前の夏の思い出に興味ないんじゃーい!

 いや、ちゃいまんねん。こっからですねん。