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絵本作家・ヨシタケシンスケ 30代で売れなかった僕が40歳で絵本を出版するまで

絵本作家・ヨシタケシンスケ インタビュー #2

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子育てをしてなかったら、絵本を描いてなかった

――ヨシタケさんは、イラストエッセイ『ヨチヨチ父 とまどう日々』(赤ちゃんとママ社)で子育てのことも描かれています。

『ヨチヨチ父』

ヨシタケ 僕は、子育てをしてなかったら絵本を描いてなかっただろうなと思う部分がいくつかあって。僕の場合、絵本は小さい頃の自分に向けて描くのが基本的なスタンスです。でも、それだけだと他の人の共感を得られるか自信がありません。でも、自分の子どもも同じことをするんですよね。それで自分もやっていたし、教えてもいない、この子も同じことをやってるってことは、結構みんなやってることなんじゃないかっていう、裏がとれる。基本的には自分の考えていたことの証拠をつかむために、自分の子どもがすごく機能しています。

――育児の悩みに対して「ウチもそうだよ!」と言われるとすごくホッとする。ああ、そうなんだろうなと思って、納得したんですよね。

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ヨシタケ 若い頃は、“自分がいかに人と違うか”ということで、いっぱいいっぱいなんですよ。自分は人とどこが違ってどこが優れているかを知ってもらいたい。でも、子育てをしている時、何が一番ホッとするかというと、ほかのママやパパからの「いやウチもそうだよ。大きくなったら、すぐ直るから」みたいな一言なんですよね。

 笑顔が人を傷つけることもあると思います。僕は「子育てってこんなに楽しい! ハッピーです」みたいな記事を読んだ時に、上の子が一番手のかかる大変だった時期で、ちょっとイラッとしたんです。「ハッピーどころじゃないよ」って。

 

――ウチはそれどころじゃない、と。

ヨシタケ そうです。「みんなそんなにハッピーなの? 僕は全然ハッピーじゃないんだけど」って思っていました。なかなか寝てくれない赤ちゃんに、ちゃんと愛情を感じられない自分に対するコンプレックスもありました。「これやばいんじゃないか」って。「ハッピーです」をイラストに描いたら、ハッピーな人しか楽しめないんですよね。僕の絵本でも、「不必要な笑顔を描かない」というのは、ひとつのポリシーになっています。

――たしかに、「満面の笑み」の人物は、大人も子どももあまり出てこないですね。

ヨシタケ 笑顔が極端に少ないんですよ。笑顔の安売りをすると、笑顔のインフレが起きるし、笑顔に傷つく人もいる。笑顔を使わなくても、幸せって表現できるはずで。『なつみはなんにでもなれる』(PHP研究所)っていう小さい絵本があるんですけど、お母さんの顔は、1回も顔が笑ってないんですね。

『なつみはなんにでもなれる』

――本当ですね。寝る前の時間だし、「しょうがないなあ」って娘のクイズに付き合ってる。

ヨシタケ そう、1回も笑ってないんだけど、お母さんは別に不幸そうには見えないんですよ。必ずしも笑顔を使わなくても、楽しさを表現できるはず。「安易に笑わせてなるものか」というのが僕の中にあるんですね。

 まさにそれは自分が子育てをしていて、子どもにイラッとするけれども、決して憎んでいるわけではないっていう感情から気がついたことです。表情だけで、簡単にラベリングできるような「笑顔=幸せ」ではない。絵本に出てくるしかめっ面を見て、読んでいる方が笑顔になればいいんです。