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「当たり前のことができない。選手継続1年目が一番つらかった」――大宮アルディージャ塚本泰史、がんを語る #1

塚本泰史インタビュー #1

2018/10/16

8年前、右大腿骨の骨肉腫を公表し、人工関節の移植手術と抗がん剤治療を行った塚本泰史さん(33)。「もう一度、ピッチに立つ」ことを目標にリハビリとトレーニングを重ねてきました。9月24日、大宮アルディージャのクラブ創立20周年記念OBマッチで9年ぶりのピッチ復帰を果たした塚本さん。8年間の思いを聞きました。

塚本泰史さん

◆ ◆ ◆

ずっとあのピッチに立ちたいと思って

──OBマッチでのピッチ復帰おめでとうございます。がん公表からずっと「もう一度、ピッチに立つ」を目標とされてきましたが、出場が決まった時はどんなお気持ちでしたか。

塚本 ずっとあのピッチに立ちたいと思ってがむしゃらにリハビリとトレーニングを続けてきたので、嬉しいし、感謝です。実際に(ピッチに)立ったら、サッカーに対する気持ちとか、また違う見え方になるんだと思いますけど、とりあえず何も考えずに試合を楽しもうと思っています。

 

──出場の打診はいつ頃?

塚本 2016年末に、「2018年にクラブ創立20周年のOBマッチを予定しているので、出場を目標に頑張ったらどうか」という話をクラブからもらいました。がんを公表してからいろいろなチャレンジを続けてきた中で、アルディージャのユニフォームを着てスパイクを履いて、NACK5スタジアム大宮のピッチに立つというのはいいチャンスだと思ったので、それを目標にしようとトレーニングをしてきました。

ひとりのトレーニングは「かなりしんどい部分も」

──トレーニングの内容はそれまでとは変わりましたか。

塚本 昨年3月からクラブのバックアップを受けてドームアスリートハウスに通っていますが、みるみる身体が変わってきました。それまでは、ずっと右足をかばっているようなバランスの悪い状態だったようで、それを元に戻すトレーニングとか、下半身の筋トレに合わせた上半身のトレーニングを続けてきました。

 

──出場が決まる前はどんなトレーニングを?

塚本 2010年12月に抗がん剤の治療を6クール終えた翌年は、クラブが選手登録を継続してくれ、クラブのトレーナーと一緒にトレーニングをしていました。2012年にアンバサダーに就任してからは、自分でトレーニングを続けてきましたが、ひとりは結構限界があって、かなりしんどい部分もありました。