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青山 南
2017/01/28

モーテル経営者が長年見続けた、最上のセックスとは?

米ノンフィクション界の巨匠、ゲイ・タリーズによる奇書『覗くモーテル 観察日誌』

genre : エンタメ, 読書

「わたしはモーテルを経営して15年になる。その間、カップルたちが、ぶっつけ本番でおこなう最上のセックスを、ありとあらゆる性的逸脱の大多数を目撃し、研究してきました」
 米ニュージャーナリズムの旗手と持てはやされた書き手、ゲイ・タリーズのもとに、こんな奇妙な手紙が見知らぬ男から届いたのは今から37年前。男は複数の部屋の天井に通風孔と見せかけた穴を開け、利用者の観察日記をつけていると言う。

“覗き魔”男は当初は実名での公表を拒んだが、年月を重ねてモーテルも売却し、すべてを明らかにしてよいとなった昨春、「ニューヨーカー」にタリーズの書いた抜粋記事が掲載されると大きな反響を呼んだ。だが本の刊行直前、ワシントン・ポストが日記の信憑性を疑う記事を出した――。

 刺激的な内容のみならず、数々の話題を振りまく『覗くモーテル 観察日誌』(原書名:THE VOYEUR’S MOTEL)。「ニューヨーカー」掲載時より注目していたエッセイストの青山南氏の解説全文を掲載する。

覗くモーテル 観察日誌

ゲイ・タリーズ(著),白石 朗(翻訳)

文藝春秋
2017年1月30日 発売

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◆ ◆ ◆

 1970年代初頭のある日、ニューヨークのマンハッタンを歩いていたジャーナリストのゲイ・タリーズは、マッサージ・パーラーの看板を見つけると、興味をそそられて入っていった。そんなもの、それまでは見たことがなかったからである。

 このマッサージ・パーラーとの出会いがタリーズに『汝の隣人の妻』を書かせることになったというのはアメリカ文学史およびアメリカジャーナリズム史では有名な話である。マッサージ・パーラーにアメリカ人の性意識の大きな変化を予感したタリーズは、性産業のあれやこれやに潜入、ミイラ取りがミイラになるようなスリルを数々味わいながら、取材を重ねた。小説のように読める新しいノンフィクションとして評判になっていた「ニュー・ジャーナリズム」の旗手として注目を浴びていたタリーズのこの行動はおおいに話題になり、ただのスケベオヤジだろうが、という嘲笑もそこかしこで浴びることもあったが、およそ10年後の1981年、その本は出て、スキャンダラスな大ベストセラーになった。

 その取材をすすめていた1980年1月のことである。タリーズのもとに無署名の速達が届いた。

……あなたがアメリカ全土のセックスについて取材し、高まる期待のなかで近々刊行予定の『汝の隣人の妻』において研究成果を発表されるとうかがい、わたしの手もとにある重要な情報が、ご高著や次作以降のご著書の内容に寄与するのではないかと感じるようになりました……

 速達の主はコロラドのモーテルの経営者で、利用者の行動を観察記録してきたというのである。モーテルの経営を始めたのは十年以上も前のことだったが、その目的は利用者を観察するためで、彼らが部屋でしていることをずっと天井裏から覗いてきたという。

 タリーズは、犯罪に加担することになるのでは、と心配にもなったが、とりあえず話を聞きに出かけた。速達の主はジェラルド・フースといい、年の頃は40代半ば、角縁のメガネをかけたごく普通の男で、ポケットから紙きれを取りだすと、この誓約書にサインしてほしい、と言った。かれの名前は出さない、モーテルの場所は特定しない、といった事柄が書いてあった。タリーズは、会う前から、この人物のことはネタにしないと決めていたので、その場でサインした。

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