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介護を担う「長男の嫁」は、いつまで追い詰められるのか?

落合恵子が『私が誰かわかりますか』(谷川直子 著)を読む

2018/10/23
『私が誰かわかりますか』(谷川直子 著)

 認知症の母を見送って十年。およそ七年の介護が終わってしばらくは、介護に関する本は読みたくなかった。必ず新しい悔いを連れてくるから。在宅での介護と書くことも、この国で暮らす女たち、特に「長男の嫁」と呼ばれる女たちを心ならずも追い詰めるようで辛かった。介護の担い手とされがちな「長男の嫁」という呼称自体にも抵抗がある。

 オムニバス形式の本書に登場する「長男の嫁」たち。介護のステージに否応なく立たされた女たち、桃子や恭子、育児と介護がほぼ同時にやってきた瞳……。

「長男の嫁」という意識が、個であるはずの女を外側からも内側からも縛る、長崎の架空の村。「本家・分家」といった意識。義理の親を老人ホームに入所させることへの「世間の目」。

 パルスオキシメーターや柄のついた口腔ケアのスポンジ、下着に落ちた便。介護では当たり前の場面や小物類も次々に登場し、介護の日々があまりにもリアルに甦り、途中で本を閉じたくもなった。しかし、逃げられないと対峙する女たちの、なんといとおしく、なんと理不尽でありながら、タフなことか。

 家族という枠の外側からの視点、付き添いの代行業をする昌子。その述懐に仄かな明かりが見える。「常識が変わるには、もう少し時間がかかるだろう。桃子の苦労も、長男の嫁という言葉さえも、いつかは笑い話になるはず」。そんな時代を、わたしも切に求める。

 桃子と認知症の義父との紙に書いた文字を通しての僅かなコミュニケーション。「義務感が情愛に」いつの間にか変わっていた実感。タイトルに呼応する、かすれた声での義父の答え。

 ここに辿りつくために、介護をしてきたのかもしれないね、桃子さん。まずはぐっすり眠って、降り積もった疲労から解放されようよ。でも、次の世代には同じことはさせないよね、桃子さん。「長男」の介護も増えている現在、男性にもお薦めの一冊。厚生労働省にも送りたい切実な本である。

たにがわなおこ/1960年、兵庫県生まれ。筑波大学卒業。2012年『おしかくさま』で第49回文藝賞を受賞。高橋直子名義で、エッセイ『競馬の国のアリス』などがある。2005年より長崎県五島市在住。

おちあいけいこ/1945年生まれ。作家。「クレヨンハウス」主宰。『泣きかたをわすれていた』『母に歌う子守唄』など著書多数。

私が誰かわかりますか

谷川直子(著)

朝日新聞出版
2018年8月7日 発売

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