お風呂場で咳込みバランスを崩し、つるり!肋骨を折った日に自著『愛のかたち』のテレビ収録が!悲劇はそれにとどまらず……「85歳の見栄とはったり」でありのままの日常を綴った岸惠子さんの第2話です。

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 わたしは生活上必要とされる実用的知識に恵まれず、しかも、かなりの鈍であるらしいのです。

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©Ikuo Yamashita

 今年の始めの大雪の日、出がけにも拘わらずお風呂場ですってんころりと滑って、2本もの肋骨を折り、それが癒える間もなく、庭で敷石の下に庭スリッパの先が滑り込んで体が吹っ飛び、転倒したときに打った頭や、眉間、血だらけの顔。

骨折だけではなかった「新たな懸案」

 その時、しばらく失神していたので、近所の整形外科の先生に、「2ヵ月くらい後、脳に血腫が出来るかもしれない。そうなったら大変です」と言われ、わたしの衰弱しきった脳の余力はいそがしく動き回りました。日本とフランス、2つの国で生活してきたわたしには数えきれない問題があるものの、現在も住んでいるバカでかい実家の古家をどうしたものか。もう死んだつもりになって焦ったのです。庭のない小さなマンションに移ることも、施設というところに入ることも、高齢者の持つ不都合をまだあまり感じていないわたしには問題外です。

 ただし、この古家は母が生前にわたしと娘に遺す手続きをしてくれています。

 母の遺言書や、公証人に依頼して作成した「遺言公正証書」があり、土地や家屋の3分の1はわたしの1人娘に遺贈してあるはず。わたしにしてはでかしたものだと悦に入っていました。ある日、家に集まってくれたY税理士と、経理を担当してくれている松原小幸女史がきわめておだやかに訊くのです。

「固定資産税は、惠子さんとお嬢さんが持ち分を払っていらっしゃいますか?」

「ええっ!? まさか! もちろんわたしが払っています」