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岸惠子86歳が綴る「“カード詐欺” 揺らぐわたしの勘とドジ」

高級デパートの店員を名乗るダミ声女の正体は?

2018/09/17

どうなっちゃったのわたしの日本!

「ちょっと、惜しかったのは、最後までとぼけて、JALカードを取りに来させて捕まえればよかった!」とわたし。

「とぼけてって、かなり真に受けてましたよ」と彼。

 わたしの欠点、浅慮と、せっかちが相乗効果になったと自己弁解。

「詐欺の手はますます巧妙になりますね。エッセイで警鐘を鳴らしましょうよ。何10億という金がこざかしい悪知恵仲間に巻き上げられていくのは我慢できない。犠牲者のほとんどが高齢者ですよ」

 最後の言葉にわたくしちょっと引っかかります。それはさておき個人情報を大量に盗んで横流しするみみっちい悪を平然と出来る日本人が情けない。高潔な武士魂なんてかけらもないモラルハザードがいつの間にかこの国を席巻しています。どうなっちゃったのわたしの日本!

 そこで、思い出したある日の電話!

またも犯人逮捕を逃した記憶。読者さま。よほどのご注意を!

「これから、ご注文の品をお届けします。2万9000円をご用意ください」わたしはサプリメントなど2、3のものを代引きでよく注文します。お手伝いさんが気を利かせてくれたんだと思いましたが、高圧的な声に引っかかりました。

「届けてくださるものは何? どこの会社?」

「食料品会社でーす」声が途端に愛嬌をまといます。

「間違いですね。食料品は注文しないのよ」

「えーっ、注文は確かに受けましたよ。忘れちゃったんですか」

「忘れません」

「あれっ、じゃあ、ボケちゃったんですか……」

 声が途端に下卑てきました。そうか、闇で売り買いされるリストには、生年月日もあるに違いない。わたしはゲラゲラと相手の上手をゆくほど下品に笑いました。電話に顔が映らないのが残念でした。

「ボケた? そうかもしれないわねえ、年だもの。どんなボケかたをしたか見に来る? こっちも人数集めて楽しみに待ってるわ」がっちゃーんと鼓膜が破れそうな音を立てて、犯人サマは電話を切りました。ここでもわたしは持って生まれた遊び心が災いして、犯人逮捕を逃してしまったのです。

 嗚呼!

 これを読んでくださった読者さま。よほどのご注意を! 敵は、悪さの修業を積み、あっさりとした態度で、悪仲間で考え抜いた智謀をもって、数人を使い執拗に丹念に攻めてきます。

 わたしは自分の音痴に反して、他人の声にかくれた嘘という名の痴をかぎとる技は持っています。ま、あまり自慢できないことに、戸部警察署の木村と名乗った声にはちょっと確信が揺れたことは事実ではありますが……。

©Ikuo Yamashita

愛のかたち

岸 惠子(著)

文藝春秋
2017年9月29日 発売

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