日本を震撼させた平成の凶悪事件。事件後に流れた歳月は犯人・遺族の心境にどのような変化をもたらすのか。ノンフィクションライター、小野一光が現場を歩く。今回は「平成17年 大阪姉妹連続殺人事件」編 の第2回(全4回。第1回から読む)。
奈良県某市の丘陵地。そこにある住宅街へと続く坂道を上るのは、8年ぶりのことだ。
2005年11月17日、大阪市浪速区にあるマンションで、山地悠紀夫(享年25。09年7月に大阪拘置所で死刑執行)によって殺害された上原明日香さん(同27)と千妃路さん(同19)姉妹。彼女たちの実家がそこにある。
15年5月に初めてここを訪ねた際、応対してくれたのは母の上原百合子さん(69)だった。事件から10年を経ても、当時の百合子さんは明らかに憔悴していた。ちょうど自宅を出ようとしていたところで声をかけ、線香をあげるため家に上がらせていただいたところ、彼女はか細い声でこう言った。
「今日は、主人が週に2日の介護施設に行く日なので、近くに借りている畑に行こうとしていたんです。土いじりは友人に勧められたんですが、それをやっているときだけは、無心になれる。無我夢中で、なにも考えずに済みますから……」
事件が起きてから3年間、百合子さんはうつ病を患っていたと話す。しかし、夫の和男さんが事件の精神的なショックから糖尿病を悪化させて失明し、5年後に脳梗塞で倒れた。さらにその1年後には直腸がんが見つかり、私が家を訪ねたときの前年、がんが転移していることが判明しており、ほとんど寝たきりの状態だったのだ。そのため彼女は、夫の介護のためにわずかな力を絞り出すようにして立ち上がっていた。
「それまで夫婦ふたりで死ぬことしか考えていませんでした。生きるのなんて考えてない。明日香と千妃路のお骨も、いまだに納骨してないんです。親より先に納骨なんて、むごいことできません。いまは主人があの世に連れて行くと話しています」
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