JR東海が建設を進める「リニア中央新幹線」。大阪・関西万博ではJR東海によるテーマウィーク「リニア中央新幹線がもたらすインパクトの最大化~リニアで未来はどう変わるのか?~」という対話プログラムが行なわれた。今回「文藝春秋PLUS」では、クイズプレーヤー・YouTuber・起業家の伊沢拓司さんにその様子を見てもらいながら、「リニア中央新幹線がもたらすもの」をテーマに話を聞いた。
聞き手●村井弦(「文藝春秋PLUS」編集長)
――リニア中央新幹線(以下、リニア)の開業には注目されていましたか?
伊沢拓司(以下、伊沢) ありがたいことに2回ほど乗らせていただきました。速さや乗り心地の良さももちろん印象的でしたが、一番すごいなと思ったのは乗っているときよりもむしろ“外”ですね。外から見るともうあっという間に通りすぎるんですけど、乗っていると意外とわからなくて。ちょっと今までにない乗り物なんだなというのは外側から見て実感しましたね。

論点① 災害に対応する日本の大動脈の二重系化
◇東海道新幹線の一日あたりの利用者はおよそ46万人で、東京、名古屋、大阪という日本の大動脈を結び、経済活動や社会の活性化に大きく寄与している。
◇しかし、東海道新幹線は開業から60年以上が経過しており、将来の経年劣化や南海トラフ巨大地震などの大規模災害に対する抜本的な備えを考えなければならない。 現在は東海道新幹線が1本で担っている日本の大動脈輸送を、リニアによって複数の系列に分ける=「二重系化」を進めていく必要がある。
◇リニアは最高時速500kmで品川から名古屋を最速40分、品川から大阪を最速67分で結ぶ計画。現在と比べると圧倒的な時間の短縮になるため、省庁の機能移転など都市機能の分散(東京一極集中の是正)が起こり、災害対策の面だけでなくライフスタイルもダイナミックに変わっていくと期待される。
――まずは1つ目のテーマから。東京に集中しているものとしては、まず霞が関の機能があると思います。すでに文化庁が京都に移転して2年が経ちましたが、官公庁が全国に分散していく意味についてはどう考えますか?
伊沢 ダイレクトな意義としては、シンプルに都心の混雑が減ったりとか、あとは東京に大災害があったときのためのリスクマネジメントですよね。官公庁が移転するだけでも渋滞が緩和して、様々なモビリティの効率がちょっと良くなるとも言われていますが、実際には官公庁だけが移ってもしょうがないので、他の機関が移っていくための先陣を切るという役割があると思います。
文化庁が京都に移ったということで言うと、5月に東京ではなく京都で「MUSIC AWARDS JAPAN」という新しい音楽賞が始まって、かなり盛り上がりましたよね。あれは新鮮だなと。
――面白いですよね、京都でやるということが。
伊沢 これまではアーティストを集める大きな賞をやるなら東京だったんですけど、いざやってみたら、実行するだけなら京都でもできちゃったわけです。そういう価値観の転換が起こることにはすごく意味があると思います。
ただ、移転した文化庁では出張が増えたという話もありますし、文化庁以外が手を上げてないという現状もあったりする中で、それで一般企業が移るのかっていう実現性の面は考えなきゃいけないところだとは思います。もちろん東京一極集中を防ぐというのは災害対応の面でも、経済の面でも一定の効果はあるとは思います。
――日本経済というのはローカル経済が支えているという、そういう側面もかなりあると思います。テーマウィークのディスカッションでは、リニアによる都市機能の分散がローカル経済圏をさらに活性化させるのではないかという意見も出てきました。地方が元気になることで、日本経済全体にどういう影響があると考えますか。

伊沢 一番は地方に眠っている資産や技術、価値といったものが掘り返されて、より良く繋がっていくということなのかなと思います。情報って思ったよりフィジカルに伝わるもので、情報化社会と言えど検索しても見つからないものってたくさんあるし、より深いところにある良さに気づくためにはやっぱり現地に見に行くことが必要だなと思うんですよね。
僕が仲良くさせていただいている熊本の「MARUKU」というIT企業は、過疎地域に“IT村”みたいな集まりを作って、企業を誘致しているんです。ホームページ作ったり、営業したり、それぞれの力を合わせて熊本の魅力を掘り返していらっしゃるんですが、いい技術を持ってる中小企業さんがいるとか、その土地でしか取れない原料を使ってるとか、地元でしか伝わっていない情報ってどうしてもある。バイヤーさんが地方の名産を掘り出して、百貨店に持ってくるのも同じですよね。そういう魅力ってまだまだローカル経済で伝わっているんですけど、たとえばそこに東京のPR会社が持っているテクニックなどが伝わっていけば、今まで眠っていた資産の活用度が上がります。これはすごくいいことですよね。
やっぱり人口減少社会にあって、労働集約的に総資産を増やすってすごく難しいわけです。その中で、すでにあるものをちゃんと活かす、すでにあるものを必要な人に届くようにする。それができるかできないかっていうのは日本の今後の発展においては大事な部分だと思うので、人と人とのつながりをよりローカルに作っていくことが日本経済に与える影響というのは大きいと思いますね。
論点② 東京・名古屋・大阪が一体となる巨大都市圏形成の経済効果
◇日本の人口の半分以上を抱える地域がリニアによって繋がり、一つの巨大な都市圏が誕生する。会いたい人に会いやすくなることで、様々な化学反応が起こってイノベーションの創出につながることが期待される。
――テーマウィークでは、リニアはリアルな人の移動と中間駅圏域でのデジタル活用との相互効果によって日本を活性化するポテンシャルを秘めているという話がありました。オンライン時代と言っていい今、デジタルも活用しつつ、リアルで人が移動することの重要性はどこにあると思いますか?
伊沢 人と人との理解とか、何かを決定する時に会うことの価値というのは想像以上に大きいなと思います。QuizKnockというサービスで、企業や地方自治体のPRをやらせていただくことも多いんですけど、まず現地に行かないと何があるか分からないし、会わないと相手に信用してもらえない部分もあったりします。地方創生をしますよって言って、地方創生をオンラインだけでできると思ったら大間違いなんですよ。まずは現地に行って現地の人としゃべって、お酒を飲んで、打ち解けて初めて話が始まりますよという文化も残っています。
その中間駅圏域でのデジタル活用となると、デジタルを使っていない人にデジタルを使っていただくということになるわけですよね。各地の学校や自治体でお仕事をしてみると、残念ながら、東京で想像するよりもはるかにデジタル化は進んでいない。そこにデジタルを押し付けても話が始まらないですよね。相手の仕事内容やその大変さを理解してデジタルを提案するという、事務的な一歩一歩の作業が必要ですし、それをオンラインでできるのかと言ったらそんなことなかったりする。パソコンを開いている横に座ってしゃべってみないと分からないこともいっぱいあるわけで。

僕は理想論として、全部デジタルになったらそれはすごくサステイナブルだし、いいと思うんです。でも現実論、意思決定をしたり、文化や価値観を変える上では会って話す必要がある。特にデジタルの導入にはそういうことが大事だと思うので、オンライン時代と言いつつ、リアルで人が移動することも必要不可欠だなというのは実感としてあります。
――リニアによって、物理的には離れている3大都市圏を機能的、特に経済的に統合することが可能になります。これって世界的に見ても初めてのことではないかなと思います。こういう未来がきたときに、どういうことが起こると思いますか。
伊沢 前例がないからこそ難しいテーマですが、ネガティブな影響もポジティブな影響もあると思います。まずネガティブからお話しすると、シンプルなハレーションというか、抵抗はありそうですよね。人はやっぱり現状維持が好きですし、これは東京で、あれは名古屋に行って、みたいになると、大企業なら各所にブランチを簡単に設けられても、中小の企業はアジャストするための仕組みづくりや資金が必要になってくる。短期的に見たらという話ではありますが、そういった細かなその抵抗感はどうしても生じてくるかなと思います。
他にも、政府の会議とかでは膨大な紙資料があって、これ必要かなと思うこともあるんです。データもめっちゃ見づらかったりして。そういうカルチャーも変えていく必要がありますが、そこにもまたコストがかかる。そういったコストというのは、この分散したまま統合するということのひずみの中にどうしても生まれるかなと思うんです。
でも逆に言えば、それでDXが進むということはありますよね。ただただ「DX進めた方が効率がいいよ」って言ってても変わらなかった社会のシステムが、もうDXしないとどうしようもないですみたいな状況になったら変わったりするので、ちょっと強引ですけど、外力でもってして文化を変えるみたいなことは十分可能性としてはあるかなと思いますね。
あと理想としてですが、一番起こってほしいのは東京で得た金を地方で使うようになることです。もちろん東京目線だと持っていくなよって話にはなるわけですけど、でも今やるべきことって、富の分配を変えた上で最適化することで富の総額を増やす、ということだと思うんですよ。東京にお金が集中していると効率化はされますが、地方の資産も人も生きてこない。地方の人がお金を持っていない状態になるから地方経済が活性化しない。まだポテンシャルがあるかもしれないところに、お金が行き渡っていないわけです。富の分配を変えることは手段でしかないので、富の総量を増やすという目的が達成されるような仕組みづくりはしなきゃいけませんけど、富を増やすという目的をぶらさずに分配を変遷させることが、この分散したまま同時に統合された状態の中で達成できればなとは思います。時間はかかるだろうし、難しいですけど。

正直、分散したまま統合されている状態が理想になるのか、悪いとこだけになるのかってやってみないとわからないと思います。でもやっぱ“ガワ”を変えるメリットってあると思うんです。ガワを変えてカルチャーを変えて、地方に分配する効果が感じられたら東京のお金が地方に流れるっていう展開は十分ありますし、どっちに転ぶ可能性もあるという話ですね。
論点③ 経済・社会の発展と同時に実現できる環境負荷軽減
◇鉄道はもともと省エネ。国内全体の旅客輸送量におけるシェアは約3割と大きいが、CO2排出量が占める割合は約7%と低い。リニアは速度域の近い交通手段である航空機と比べて、CO2排出量分担率は3分の1と少ないため、航空機などから高速鉄道へのモーダルシフトが促されることでCO2の排出削減につながる。
◇エネルギー消費量の面では、鉄道は道路輸送の6分の1に留まるともいわれる。しかし、日本以外の国で鉄道のシェアは決して高くない。大きな要因は、採算をとるのが難しいこと。
◇リニアは「利便性向上」「環境負荷の低減」「利益化」の三方よしを達成する、世界のモデルケースになることが期待される。
――日本は世界の各国と比べても鉄道網が相当発達した国だと思います。海外では、採算が取れないという理由でここまでの鉄道網は普及していないわけですが、そんな日本にできるリニアは世界の交通のあり方を変えるモデルケースになり得るでしょうか。
伊沢 そうですね。日本は細長いですし、リニアの線路は引きやすい。しかもその直線上に、主要都市が位置しているという立地はリニア向きなのかなと思います。
国の形とか文化によってある程度鉄道も影響を受けますから、一概に日本のリニアが世界全体を変えるということは難しいかもしれない。でもマッチしそうな国もあって、たとえばオーストラリアは都市間がとにかく遠くて、飛行機も混んでいるらしいんですよね。そういうところでリニアが代替交通になれる可能性は十分ありそうです。
あとは大きな大陸なら、ある程度直線的に通したりもできるとは思います。今EUは統合が進んでたり戻ってたりするところはありますが、そういう都市同士をもう一度繋ぎ合わせるみたいな使い道もあるのかなとは思います。ただ、そこにはリニアを押し進める組織だったりイデオロギーが必要にはなってきますよね。
――立地的な問題からまだ不十分な、環境由来の電力の活用も必要とされています。リニアではGX(グリーントランスフォーメーション)電力の活用ということが言われていますが、これは今後進んでいくでしょうか。
伊沢 自然由来のエネルギーを使うということですよね。クリーンエネルギーは立地への依存性が高いというのが、課題でもあり、可能性でもあると思います。電力は使った分だけ作る同時同量が基本で、余らせたものを保存するとなると手段はあってもコストがかかりますから、リニアで大きな電力需要が見込まれる中で、GX電力を活用するのは細かな設計が必要になるでしょうね。逆に言えば、リニアを走らせるペースが決まれば確定した電源の必要性が出てくるので、たくさんの需要があるからこそGXを推進しよう、という展開もあるかもしれません。

一方で、絶対に必要な量に足りないということがクリーンエネルギーでは起こり得るので、安定供給という点においてGX電力の課題はまだまだ多いかなと思います。最近だと、AI開発に必要なデータセンターでの大規模電力需要をGXで満たす、という流れがあります。北海道が主な舞台になりそうなので需要を食い合うことはないかもしれませんが、大規模なGX誘致は北海道の広い大地だからできることで、内陸で、山岳地帯もあるリニアのそばとなると、はたして自然に配慮した形で設備を作れるか。技術開発に加えて、安定供給を支えるベースロード電源を組み合わせながら、長い目線で少しずつクリーンエネルギーの領域が増えていくようにできればいいと思います。
論点④ 未来の交通ネットワークのシステムの形成
◇未来の交通ネットワークの形成には、過疎化、高齢化、環境への影響、ソーシャル・インクルージョンといった視点が必要。リニアはすでに技術的に実用可能な段階にあるほか、クルマの自動運転もそれに近づいており、これからはそれらを組み合わせてどのような社会的な価値を生み出していくかという局面にある。リニアとクルマの自動運転で形成される交通ネットワークは、過疎化や高齢化により利用者が構造的に減ってすでにモードとしての役割を終えたローカル鉄道の問題など、日本の複数の社会問題を解決する切り札になりうると期待される。
◇単にリニアだけでなく、国をどう形作っていくのかを、バックグラウンドの異なる様々な人が一緒になってフラットに議論できる場を意図的に確保することが重要。
――リニアによる交通ネットワーク形成がもたらす効果として、何を一番期待していますか?
伊沢 テーマウィークの議論では経済的な効果が結構挙がっていたんですけど、経済に関してはどうしても地域差が出てしまいますよね。大阪の周りはもちろん栄えるだろうけど、福岡や広島はどうなんだとか。僕はむしろ、リニアが日本国民全体にもたらす価値は、既存の価値観からの解放みたいなところにあるのかなと思っています。
昭和に新幹線が開通した頃は、みんな同じようにこれから発展が進んでいく未来を夢見て進んでいたと思うんですけど、今はもうそういう時代じゃないですよね。みんなそれぞれに追い求めてるものも違うし、そもそもこの国の未来にあまり希望を抱けなかったりもする。リニアができたからといってそれがドカンと変わるとは僕は思わないんですけど、でもリニアによっていろんなところが栄えて、いろんな地方の魅力が掘り起こされれば、それはシンプルに価値観の多様性につながると思うんです。東京から地方に人口が流れていけば意外と地方で暮らすこともありなのかなという考えが広がるでしょう。
SNSを見ていると、大金を稼いでいたり、東京でワイワイしてる「雰囲気」への憧れというか、港区がうんたらみたいな、ちょっと古い価値観が若い世代にも広がっているように感じます。でも、そういったものからリニアは緩やかに解放をもたらしてくれる気がするんですよね。平成にあった大きな物語が崩壊したところに、今はSNSが作った大きな物語みたいなのがあるんですけど、そうじゃなくて、みんな自分の小さな物語を生きててもいいじゃんっていう。みんながそれぞれの生きやすい場所で生きる時代ができるんじゃないかという、価値の再定義を、物理的にもたらしてくれる存在としての可能性をリニアに感じています。
――世代や国籍を超えた人々が、リニアについて語り合っていくことの重要性はどこにあると思いますか。
伊沢 これだけ都市をまたいで大きな事業が行なわれるのって、僕が生きてきた30年あまりでちょっと記憶にありません。大阪・関西万博のスペシャルサポーターもやっていますが、大阪の盛り上がりって東京とは全然違いますし。
リニアは東京から大阪をまたいだ大事業になるので、いろんな人が関わるのは必然ですよね。日本の今を支えてきた昭和のモビリティを作っていた頃の経験はもちろん、若者世代のリアルな目線も必要だと思います。いろんな地域をまたぐわけですから、土地の環境負荷や、経済を盛り上げるためのローカルの知恵も取り入れる必要がある。リニアでローカルが活躍するという話をたくさんしてきましたけど、それって文化理解があることが前提で、リニアを通したらうまくいくわけじゃないんですよね。
そう考えるとフラットな議論の場はもはや必要不可欠だと思います。それができれば、日本がちょっと変わるなというイメージをみんなが共有することにつながるでしょうし、下り坂を進んでいる日本の経済と社会にとってはいい影響になるかもしれない。みんながうっすらと共同のポジティブなイメージをもっているということには意外と価値があるのかもなと思っています。

――リニア中央新幹線の開業によってどのような未来を期待したいと思いますか?
伊沢 一番は、それぞれがもうちょっとポジティブになれる未来をリニアは作ってくれるのかなと思うんです。経済的なものとか、環境的なものというのはどうしても現時点で分からないことが多いと思うんですけど、少なくともリニアが通ることによってそれぞれが自分の生きたい場所で生きやすくなれば、もっと今より大事にできるものが増えると思うんですよね。
それは色々な犠牲の上に成り立つものかもしれないですが、そういったポジティブさとか、現状を受け入れてちょっと前を向いて生きられるようになるというのは日本社会に足りなかったものかもなと思うので、そこに期待したいですね。
――リニアというその乗り物が1つ増えるだけじゃなくて、日本人みんながこれからの自分の生き方を考えていくような、そういう機会になるような気がしますね。
伊沢 うまくいけばそうなるので、色々なことをちゃんと議論していきたいですね。
