「リニアは日本のゲームチェンジャーになる」茂木健一郎が語る、“鉄道大国”にリニアが必要な理由「『新幹線で十分』という意見もありますが…」

――リニア中央新幹線（以下、リニア）の開業には注目されていますか？

茂木健一郎（以下、茂木）　子どもの頃から、いつリニアができるのかということを楽しみにしていたんですけど、未来の乗り物がやっと自分たちのところに来たなと。リニアと共に、子ども時代に夢見ていた未来が近づいてきたなという気持ちです。

――茂木さんは昨年1月に能登半島地震の被災地に赴いたほか、東日本大震災では震災に関するアンソロジー本の代表編著者にもなっていました。常日頃から震災についてかなりアンテナを張っていると思いますが、都市圏を結ぶインフラを二重系化する必要性についてはどう考えますか。

茂木　東京、名古屋、京都、大阪と、産業の面でも文化の面でも大切な大都市が連なっているところを結んでいるわけですから、東海道新幹線はわれわれの生活になくてはならないものですよね。最近だとインバウンドの方にも大変人気です。

　ただ、いざというときに東海道新幹線だけでは対応できなかったり、あるいは不通になってしまうということもあるかもしれません。リニアが通ることで、万が一のときのバイパスにもなるのは大きいですよね。

　あと、個人的にすごく楽しみにしているのが、リニアができることで東海道新幹線に少し余裕が生まれて、昔みたいに食堂車が復活したり、いろんな形態の旅が楽しめるようになるんじゃないかと。今は輸送が最優先ですけど、リニアが名古屋や大阪までの迅速な移動を支えてくれることで、東海道新幹線はもっと“楽しむ乗り物”になっていくかもしれない。品川駅に行って、そこから新幹線で行くのか、それともリニアで行くのか。選択肢が増えることでライフスタイルの多様性も生まれると思うので、そういう意味でも、人々の生活をより複線的に支えてくれると思います。

――GDPの成長とともに運転本数を増やしてきた東海道新幹線ですが、災害が起きた場合に不通になってしまうリスクもあります。この影響の大きさについて、どのようにお考えですか？

茂木　まず、自然災害も多い今の日本で、これだけ正確に新幹線を運行してくださっている方々には感謝しかないです。よく外国の方が冗談で、「2分遅れで東京駅に着いたら『大変ご迷惑をおかけしました』とアナウンスが流れる」と言いますが、それくらい正確に運行しているのは本当に素晴らしいことだと思います。

　でもやっぱり、いざというときのためにもう一つのルートがあると安心ですよね。リニアはルートも違いますし、走行区間の大半がトンネルなので、風や雨といった天候の影響も受けにくい。そういう意味でも、リニアにはすごく期待しています。

――リニアの開業によって、物理的に距離が離れていた3大都市圏が機能的に統合を果たして、都市機能を分散できるんじゃないかという話も出ていました。

茂木　都市機能がリニアによって分散されていくメリットというのは、開通する前に色々想像するのも楽しいんですけど、開通した後に色々生まれていくんだと思うんですよね。新しく生まれたインフラを使いこなしたり、あるいはそのインフラに合わせたライフスタイルを生み出すのにはちょっと時間がかかるので。

　それから脳科学者としては、脳腸相関も気になるポイントです。脳と腸内細菌が非常に密接に結びついてるということはよく知られていますが、実は腸内細菌って、人が行き来することによって“シェア”されるんですよ。僕は名古屋の味噌文化が好きで、よく仕事で名古屋に行っては味噌カツとか味噌煮込みうどんとかをいただくんですけど、おそらく名古屋の方とちょっと腸内環境が似たような状況になってるんじゃないかと思うんです。同じものを食べている家族の腸内環境が似ているのと同じことですね。そういう形で脳だけではなく身体を含めて、日本中の人が各地を行き来することで色々楽しいことも生まれてくるんじゃないでしょうか。

　あと忘れちゃいけないのは、3大都市圏の外側の方にとってもすごく影響があるんですよね。東北の方が名古屋に行くのも早くなるし、中国・四国地方の方が東京に行くのも早くなる。3大都市圏を含む人の流れのネットワークが密になることで、今までと違った日本が生まれてくるんじゃないかなと思います。

――リニアが開通することで、日本の人口の半数を超える合計約6600万人の巨大経済圏が誕生します。これは世界でも群を抜くイノベーションの拠点になりうるのではないかという話がありました。

茂木　まずはリニア自体が素晴らしい最先端技術の塊であるということに注目したいですね。リニアの運行技術などに子供たちを含めてみんなが関心を持つことによって、技術立国としての天井が青空のように無限に広がっていくと思います。

　一方で、東京、名古屋、大阪と、各地にそれぞれ素晴らしい大学があって、その大学の周りに今、スタートアップのエコシステムができています。東京大学の松尾豊教授が生み出したAIのスタートアップのエコシステムには非常に注目していますし、大阪大学も実学志向の素晴らしい研究をされていて、名古屋ではもちろん世界的な自動車メーカーを中心としたエコシステムがあるわけです。実はそれらのエコシステムは、これまでも東海道新幹線でお互いに行き来して関連しあっているんですよ。その関係が今以上に密接になると思います。

　逆に海外から見ると、今まで日本観光のゴールデンルートと言われていた東京、名古屋、大阪が、もうシリコンバレー的な一体となったベンチャーの拠点なんだっていう見方が出るかもしれませんよね。そのあたりの心理的な効果も含めて、非常にインパクトは大きいと思いますね。

――1つ目の論点でも出ましたが、３大都市圏以外の地域にも良い影響が波及していくというのは、イノベーションの面でも同じですよね。

茂木　リニアや新幹線の話になると、どうしても大都市ばかりに注目が集まりがちなんですけど、たとえば名古屋だと、岐阜や飛騨地方、伊勢や三重の地域とも繋がっています。僕もご縁があっていろんな場所に行きますが、やっぱり点と点を結ぶだけじゃなくて、面として共鳴する効果はすごく大きいと思います。

　交通インフラがもたらす影響は、単に移動が便利になるだけじゃなくて、その周りにいる人々の生活や繋がりまで広がっていく。そういう想像力を持つことで、インパクトの大きさがより見えてくるんじゃないかなと思いますね。

――近年はAIをはじめとしたデジタル技術がものすごい勢いで進歩しています。リニアはリアルな人流の革命とも言えますが、デジタルの発展とリニア開業の2つが組み合わさったときのシナジー効果についてはどう考えていますか。

茂木　リニアは超電導で浮上しますよね。その関連技術にも、ITとかAIはものすごく使われていると想像しています。ですから、リニアそのものがITやAIという、これからどんどん発展していくものの1つの集大成だと思うんですよ。そういうものがインフラのもっとも大事なところに現れるというのは、インパクトが大きいですよね。

　アポロ11号が月に行ったことによって多くの子どもたちが宇宙テーマにインスパイアされたわけじゃないですか。アナウンス効果というんですが、リニアの開通でも同じように、日本のサイエンスやテクノロジーに対する関心が高まるだろうなと。日本では科学技術系の人材不足、特に女性がなかなかサイエンスやテクノロジーの道に進んでくれないということが国としての課題になっているわけですが、そんなところにもリニアの開通が心理的な影響を与える可能性もあります。

　アメリカの3大ネットワークやCNN、BBCといった海外のメディアは、目を輝かせてリポートすると思うんですよ。そういう海外の反応が日本に逆輸入されて、日本のサイエンス文化のすごさを多くの子どもたちが知ることで、科学技術立国としてのプライドやチャレンジ精神が生まれてくれたらいいなと思います。

――もともと鉄道自体が省エネですが、リニアは飛行機と比べて同じぐらいの移動時間でありながら、CO2の排出量は1/3です。さらに、都市での交通渋滞という非効率なCO2を減らす一助にもなりうるという議論がありました。

茂木　地球環境への負荷を減らすというのは、これからの経済発展において非常に重要なことだと思います。最近では、AIのデータセンターによる電力需要が今後ますます増えていくと予想されていて、そうした分野も含めて環境負荷をトータルで減らしていかないと人類の未来は開けないと議論されています。その中で、環境負荷の面で非常に優れているリニアが安定的な運行を始めるというのは、とても大きな意味を持つと思います。

――世界からしてもそういう事例が日本にできるというのは、かなり大きなことですよね。

茂木　そう思います。もともと世界では、日本の環境関連の技術は進んでるという評価なんですよね。日本には「もったいない」という世界的に有名になった言葉もありますし、環境に配慮したエコロジカルな生活も、伝統的に親和性があると思います。それがハイテクと結びついたリニアは、実はすごく日本らしい技術じゃないかと思うんです。

　たとえばアメリカでも高速鉄道の計画は立つんですけど、なかなか実現しない。ヨーロッパにも高速鉄道の技術はありますが、日本の新幹線は安全性や安定運行において世界トップレベルの技術水準を持っています。そういう意味で、リニアが地球環境だけじゃなく人にも優しい技術として、日本の未来を引っ張っていってくれるんじゃないかなと思います。

――AIなどの新しい技術って、すごく多くの電力を必要としますよね。リニアによって都市間の移動時間が短くなると、電力が豊富に使える場所にデータセンターなどが移っていくんじゃないか、という議論もあります。そうなると、都市の機能も分散していくのかなと思いますが、デジタル時代の電力供給という観点から見て、リニアが果たせる役割についてはどう考えますか。

茂木　今AIと人間の脳のアラインメントについて研究してるんですけど、日本はAIの基盤技術に関しては、アメリカや中国の後を追いかけてる部分もあります。でも、AIをどう生活に生かすかという点では、日本人は独特の嗅覚を持ってるなと感じるんです。

　リニアで移動が自由になれば、データセンターが地方に分散して、都市の機能も分散しつつしっかり結びつく。そういう中で、日本らしいAIの使い方を模索できるのはすごく面白いと思いますし、都市ごとのユニークなイノベーションのポテンシャルも活かせるようになるんじゃないかなと。リニアって“リニア（直線的）”って名前だけど、実際の効果はすごく“ノンリニア（非線形的）”で、いろんなところに素晴らしい影響がもたらされていくんじゃないですかね。

――リニアによって鉄道回帰の流れができるのではという意見もありました。茂木さんは日本の鉄道網の優位性はどこにあると思いますか？

茂木　ちょっと言わせていただきますけどね、日本はもともと鉄道大国です。僕は学会とかでアメリカにも行きますけど、鉄道は全然存在感ないですよ。鉄道の母国の一つと言ってもいいイギリスでも、日本ほどの存在感はないです。ヨーロッパには高速鉄道も走っていますが、日本の新幹線、そしてリニアほどのポジションの鉄道がある国ってないと思うんですよ。

　だから鉄道回帰どころじゃなくて、鉄道大国としての日本がさらに強くなるんだと思うんです。逆に言うと、日本に来る外国の方々に鉄道回帰してほしい。日本のアニメとか漫画の作品によく出てくる鉄道のシーンに憧れて、日本を訪れる方もいらっしゃいますしね。日本でできた鉄道を中心とする生活が世界に広まって、すでに海外で活躍している新幹線技術のように、リニアの技術も将来的には海外で役に立てると良いですよね。

――リニアが開通することで未来の交通ネットワークが形成されていく効果として、茂木さんは何に一番期待していますか。

茂木　人々の意識が変わることですかね。環境問題やエネルギー問題を考えると、本当は日本も世界も一つなんですよ。だけど普段はみんなそれぞれの地域で一生懸命に生きていて、たとえば進学や就職となると大都市に行く若者はどうしても多いですし、地方から人がいなくなるということも出てきてしまいます。でも、ひょっとするとリニアはそういう地方の人口減少に対するゲームチェンジャーかもしれないですよね。進学とか就職のような人生の“句読点”で都会に移動してそのままになっていた人たちが、関係人口としていろんな地方に関わるということが出てくるかもしれません。

　日本中を飛びまわっていると、日本ってもっと一つになれる気がするんですよね。みんな都道府県ランキングとか好きじゃないですか。それって、地域ごとの特色を活かしながらも「日本は一つだ」っていう意識があるからなんじゃないですかね。そういうチームとしての力を日本がもっと活かしていけるといいなと思いますし、リニアの開通がそのきっかけの一つになれば良いですよね。

　あと僕、静岡県がすごく好きで。新幹線に乗ってると、富士山が見えたり、浜名湖を通ったり、静岡の区間って長いんですよね。ユーザーとしては、リニアが開通したら静岡県内に停まる新幹線も増えてくれたら嬉しいなと思います。名古屋に速く行く役割はリニアが担ってくれるので、三島や新富士、静岡、掛川、浜松……どこも好きな駅なんですけど、結果としてそういうところとのつながりも増したらいいなと。

――ディスカッションでは、輸送機関の特性に応じた資源のアロケーションも大事だという話がありました。リニアが開業すれば、航空機や自動車からリニアへのモーダルシフトが進んで、羽田空港の発着枠などもより有効に使えるようになるのではないかという指摘もあります。こうした未来の交通ネットワークについてはどのようにお考えですか。

茂木　航空機と鉄道の需要のバランスって、ずっと課題でしたよね。でもリニアができることで、インバウンドの方も含めて鉄道へのシフトが進む。そのぶん空港の利活用がもっと有効にできるでしょうし、ライフスタイルや国土の活用の設計には素晴らしいことだと思います。

　交通網のポイントは“ネットワーク”です。点から点へじゃなくて、網の目のように全体を考える。リニアというゲームチェンジャーが生まれることで、最適化や効率化の話も全然違ってきます。今、みんな乗り換えアプリを使ってると思うんですけど、リニアができたら、アプリの答えも大きく変わってくるはずです。「今まで何時間かかっていたあの場所に、リニアならこんなに早く行けるの？」みたいな。いろんな場所に行く感覚が、きっと変わってくるんじゃないかなって思いますね。

――過疎化や限界集落などの地方の課題に対して、リニアはどういうソリューションを提供できると思いますか?

茂木　学生と話していると、地方で定着して頑張りたいっていう人も多いんです。ただ仕事やライフスタイルの問題で最終的には大都市に行っちゃうっていうケースがあるんですけど、リニアによって、行ったり来たりする関係人口は増えるんじゃないでしょうか。リニアが開通したら、そういうライフスタイルについて情報交換したいですよね。こうやって私は働いたり、生活したりしていますと。こんなことが可能ですよということを、みんなで共有できたらなと思います。

　すでに新幹線は通勤や通学にも使われていて、人々の生活の可能性を広げています。そこに今度はリニア通勤、リニア通学という選択肢も出てきて、より自由になる。人間の脳って与えられた移動手段をうまく使うと自由に感じるんですよ。だからリニアという手段をうまく活用していく、使いこなしていくということが大事なのかなと思います。

――2拠点、3拠点生活といったこともできるようになる可能性がありますが、茂木さんご自身はリニアが自分のライフスタイルを変えるとしたら、どう変わっていくと思いますか？

茂木　僕ね、味噌かつとか味噌煮込みうどんが本当に好きなんですよね……だから名古屋に行く回数は増えそうです。あと僕は巨人ファンなんですけど、もしかしたら中日ドラゴンズも応援しちゃうかもしれないですよね（笑）。

　僕はすごく移動の時間を大事にしてるんです。今でも新幹線に乗ってるときは移動そのものを楽しんでるんですけど、リニアだと品川から名古屋まで40分でしょ？　ほんと、あっという間ですよね。東海道新幹線でも「285km/h出てる！」って盛り上がっていたときがありましたが、リニアは営業速度で500km/hですからね。最初は絶対盛り上がると思うんですよ。でもそのうち慣れちゃって、500km/hが日常になったときが、本当にリニアが人々の“足”になったときなんだろうと思うんです。そうなったら「あれ、もう名古屋着いちゃった？」って、ちょっと申し訳ないような気持ちになるかもしれないですね。

――リニアの開業によって、どのような日本の未来を期待したいですか？

茂木　世論を見ると、「もう必要ないんじゃないか」「新幹線で十分なんじゃないか」と言う方もいらっしゃるんですけど、僕はそこで東海道新幹線ができる前のことを思い出すんですよね。そのときも似たような議論があったと聞いています。そんなに急いで意味があるんですかとか、必ずしも大きな効果がないんじゃないかと思っていた方もいた。でも結果、今やインバウンドの方も喜んで新幹線に乗っている。ありがたいことです。

　僕はいろんな意見があるのはいいことだと思うんです。ただリニアができて初めて実感できる未来もあるでしょうし、今のわれわれが思ってる以上の効果も出てくると思います。海外の方にとっても日本の魅力がますます増えていくし、いろんな経済効果もあるんだろうなと思いますね。
 

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