『宙わたる教室』『藍を継ぐ海』で話題の直木賞作家・伊与原新さんが、今回訪れたのは日産自動車が公開した次世代運転支援技術(プロパイロット)の試乗会。もともと科学者だっただけに、生成AIを使った画期的な運転支援技術と聞き、どこまで進歩したのか興味津々だ。

 会場の東京プリンスホテル玄関前のロータリーには、ボディに「ProPILOT」と大きく書かれた開発試作車の日産アリアが停まっている。「センサーとしてカメラ11台、LiDAR(ライダー 遠距離の物体の位置や形状を検出する)1台、レーダー5台を装備していますが、今回のような街中の走行では主にカメラを使います」と説明してくれたのは、同社AD/ADAS先行技術開発部部長で次世代プロパイロット開発責任者の飯島徹也さん。メインの運転支援技術はイギリスのスタートアップ企業ウェイブ社が開発したWayve AI Driverソフトウェアで、これに日産が開発したLiDARによる安全システム「Ground Truth Perception」技術を組み合わせ、2027年度中に市販化する予定だ。

開発試作車はカメラ11台、LiDAR1台、レーダー5台を搭載するが、街中では主にカメラを使う

突然、前走車が路上駐車しても自然な動きで回避

 何はともあれ、まずはお手並み拝見。今回の試乗は東京プリンスホテルから新橋に向かい、銀座のコリドー街を経て、日比谷から銀座四丁目交差点を通過し、東銀座から国道15号を通って戻ってくる1周約8kmのコース。飯島さん自ら選んだ、日本で一番ゴチャゴチャした公道で、路上駐車あり、歩行者や自転車もたくさんいるまさに“自動運転泣かせ”の難コースだ。

 ドライバーが最終的な責任を持つレベル2での運行なので、運転席には飯島さんがハンドルから少し手を離した状態で座る。助手席には伊与原さん。まずは東京プリンスホテルを出て新橋の赤レンガ通りに入る。道の両側の駐車スペースには多くの車が停まっている。突然、前を走っていた車が空いたスペースに停めようと、ハザードランプを点け、縦列駐車を始める。すると、これに気づいた開発試作車はややブレーキを強めにかけて停まり、前方から対向車が来ないことを確認し、やがてゆっくりと中央の白線を跨いで右に避けながら何事もなかったように進んだ。

路上駐車しようとする前走車を避け、前方から車が来ないのを見て対向車線にはみ出しながら進む

「なんか、人間っぽい動きですね」と伊与原さん。

「そうなんですよ、AIが全体の景色を理解し、次に起こることを予測しながら運転しているんです。車線が消えているところでも、両隣の車の位置関係を見て判断していますし、人間と同じですよね」と飯島さん。

 次は最大の見せ場、一方通行の銀座コリドー街。普段から混雑している通りで、左側には路上駐車している車がずらり、歩行者が歩道や車道を問わず、ひっきりなしに行き交っている。できれば、あまり運転したくない道路だ。

「あっ、ほら、今、右側の歩行者が道路を渡ろうとしたのを見つけ、速度を緩めたでしょ。でも、横断歩道のないところだから優先権は車にある。で、速度を緩め、歩行者が止まったのを見て、進んだんです」(飯島さん)

「もし、歩行者が渡り始めたらどうするんですか?」と伊与原さんが聞くと、

「もちろん、停まりますよ。歩行者は絶対保護ですから」と飯島さん。

周りの歩行者や車とネゴシエイトするAI

 銀座コリドー街の出口では信号のない横断歩道が縦横に走り、斜め横断する人もいる。外国人観光客も多く、開発試作車はちょっと進んでは歩行者を見つけて停まり、また進んではを繰り返しながらゆっくりと左折した。と、左折した先の横断歩道の手前で携帯電話をかけている人が! 渡るのか、それとも立ち止まって会話を続けるのか。携帯電話の主を観察するように、ゆっくりと横断歩道に近づいた開発試作車は、動かないのを認識すると、そのまま進む。その間、運転席の飯島さんは一切操作していない。人間のドライバーと同じように、AIも周りの歩行者や車と意思疎通しているかのようだ。

銀座コリドー街の出口は信号がなく、いろんな方向から歩行者が渡ってくる。運転席で見守る飯島さん

「周囲の歩行者や車も、まさかこっちが自動運転車だなんて思ってもいないでしょうね。それほど、スムーズな動きですね」(伊与原さん)

「AIが周りとネゴシエイトしているみたいでしょ。運転に集中したドライバーの反応速度とほぼ同等のコンマ1秒で景色の変化を認識し、遅れなくきめ細かく操作をしているので、スムーズな運転になるのだと思います」(飯島さん)

人間と同じタイミングで判断するAIドライバー

 今回、飯島さんは人間でも判断が迷うようなコースを敢えて選んでいる。芝園橋を右折して東京プリンスホテルに向かうシーンもその一つだ。対向車線は2車線で、左折や右折専用レーンがなく、直進車両は両車線から来る。しかも対向車線は緩やかにカーブしていて、先の見通しがききにくい難所だ。先頭にいた開発試作車は、ゆっくりと交差点の真ん中に進み、直進車両の邪魔にならない位置に停まる。

「どこで停まったらいいか、停止線が引いてあるわけではないので、直進車両の動きを見てAIが判断しているんです」(飯島さん)

「直進車両は向かって右側の車線の先頭車だけで、次の車は左折ウィンカーを出しています。後ろが空いているようなので、直進車両が過ぎたタイミングで右折するんでしょうか」。まるで自分が運転しているかのように伊与原さんが声を出すと、その瞬間、開発試作車は素早く右折する。

「人間が運転しているようで、本当に賢いですね。ここまで進んでいるとは、想像以上でした」。東京プリンスホテルに無事戻ってきた伊与原さんは驚きを隠せない。

次世代プロパイロットはゲームチェンジャーになると話す開発責任者の飯島さん

 今回次世代プロパイロットに導入されたWayve AI Driverは、自動運転技術の従来の概念を大きく転換する革新的なソフトウェアだと飯島さんは評価する。「2027年度に市販化されて、10年以内、いや早ければ5年後にも完全自動運転の時代が来るのではないかと思います」と話す飯島さんの根拠はどこにあるのか。次世代プロパイロットは未来の交通環境をどう変えるのか。11月10日(月)発売の月刊「文藝春秋12月号」で、直木賞作家・伊与原さんが迫ります。

このあとのお二人の対談は文藝春秋PLUS記事でご覧ください。

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