若い世代でも進行する噛む力の低下が明らかに! 40歳から64歳の壮年期の28.3%にオーラルフレイル(口のささいな衰え)の兆候があり、放置すれば死亡リスクが2.1倍、要介護リスクが2.4倍に上昇するという。噛む力を維持するための食事やエクササイズなど、今日から始めて日常に続けられる予防法を専門家が伝授。
司会●村井弦(「文藝春秋PLUS」編集長)
噛む力が健康寿命を左右する理由
――金澤先生は、高齢者歯科学という分野がご専門なのですね?
金澤学(以下、金澤) 普段は大学病院で歯科医師として被せ物や入れ歯の治療、また高血圧や糖尿病など様々な全身疾患を持った高齢者の方の歯科診療を行いながら研究をしています。
1977年、神奈川県鎌倉市生まれ。2002年、東京医科歯科大学歯学部卒業。2006年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 全部床義歯補綴学分野を修了。21年、同大学院口腔デジタルプロセス学分野教授。24年より現職。
――まず、今日のテーマである噛む力について基本的なことを教えていただけますか?
金澤 噛む力とは専門的には咀嚼(そしゃく)と言いますが、歯だけでなく、舌や唾液、頬の粘膜、顎の筋肉などが、複合的に合わさった協調運動、さらに、ものを嚙み砕いてかたまりにして、飲み込むまでの総合的な動きを指します。
――自然に物を食べている時でも、かなり複雑な動きを口の中でしているのですね。
金澤 そうですね。顎の動きも単純に開け閉めだけではなく、横にも微妙に動きますし、食べ物によって舌や頬が形を変え、顎の動きも変えながら噛んでいくという、非常に緻密に計算された難しい動きを無意識のうちに行っているんです。
――噛む力がしっかりあることで、どんな良い効果がありますか?
金澤 まず、口も消化器の一つなので、口でしっかり食物を噛み砕いて唾液と混ぜることで消化の助けになり、より高い栄養素を取ることができます。また、噛む力があると、固いものや、野菜や肉などの繊維質や噛みにくいものもしっかり食べられ、結果として健康寿命が延びるというメリットがあります。
他にも、噛むことは肥満防止や食べ過ぎ防止に役立ちますし、脳に刺激が行ったり、脳血流量が増えたりと、脳機能にもプラスの影響があるという研究結果もあります。
――逆に、噛む力が弱まるとどういう影響があるのでしょうか?
金澤 噛む力は、歯周病やむし歯だけでなく、何もしなくても加齢変化で落ちていってしまうことが近年分かってきました。この加齢による衰えを『オーラルフレイル』と言います(フレイル…心や体の働きが弱くなってきた状態のこと)。オーラルフレイルになると、普通の方に比べて約2.4倍要介護になりやすくなり、死亡リスクも2.1倍高まるという研究結果もあります。口の中だけではなく、全身的に影響するということが分かってきているんです。

――噛む力の衰え方について、もう少し詳しく教えていただけますか?
金澤 人間は生まれた時はほとんど噛めない状態ですが、歯が生えたり口の機能が発達していくことで食べる能力が徐々に高まっていきます。そして壮年期で維持され、高齢期になるとだんだん落ちていく傾向があります。これがオーラルフレイルです。

高齢になると全身が健康でも、何もしなくても口腔機能だけが落ちていってしまうことがあるので、なるべく落ちないように対策していくことが大切です。
若年層でも進行するオーラルフレイル
――歯や噛む力の衰えというと、高齢者のイメージがありますが、実際には何歳くらいから意識した方がいいのでしょうか?
金澤 私達がランダムに約800人を調査した時、想定していたのは高齢期になると口の中の機能が衰えるということでした。しかし予想外だったのは、40歳から64歳の壮年期のうち28.3%もの方々に口腔機能の衰えが見られたことです。
さらに驚いたのは、18歳から39歳という若年期の方でも口の中の衰えのリスクがある方がいたということでした。つまり、40代くらいから徐々にお口の衰えが始まるということが分かってきたのです。

高齢期になると口の衰えがあることは想定内ですが、この段階で衰えた機能を回復させるのは難しい。むしろ維持することが目標になります。一方、壮年期の方はまだ回復も望めますし、衰えを防ぐこともできます。ですから、壮年期のうちに咀嚼能力が落ちないようにすることがとても重要なんです。
――若い人だから関係ないと思っていたらあぶないのですね。噛む力が弱っているかどうかは普段の生活では気づきにくいと思いますが、手軽にセルフチェックできる方法をご紹介頂けますか。
金澤 「オーラルフレイルセルフチェック」という質問表があります。これが2つ以上当てはまった場合には、オーラルフレイルの可能性があるので注意が必要です。

――5つの質問ですぐにチェックできるのですね。もう一つ、実際にどれくらい噛めているかを、ガムの色の変化で数値的に見ることのできる、キシリトール咀嚼チェックガムというキットがあるそうですね?

金澤 このガムは元々緑色のガムなのですが、口の中に入れて噛んでいただくと、どんどん色が赤く変わっていきます。使い方は、ガムを取り出して口に入れ、1秒間に1回のペースで60回、約1分間噛んでいただきます。1分間噛んだら口から取り出します。
そうすると、ちゃんと噛めていれば赤く色が変わっています。このカラースケールでは緑から赤まで全部で10段階に分かれています。計測できるアプリもあります。


――私、村井は10段階のうち6と7の間くらいの色で、アプリで計測しましたら6.6という結果が出ました。
今日からできる“噛む力”トレーニング
金澤 しっかり噛めることは食事がしっかり取れるということです。私も48歳ですが、周りには高血圧や高脂血症などの病気になり始めた友人もいます。健康でないと仕事はできません。健康でいるためにはしっかり栄養を取り、適切な運動と睡眠を確保することが重要です。その中でも栄養摂取のためにはお口の健康が非常に重要なのです。
また、噛むことは集中力を高めたり、ストレスを減らすことにも繋がるという研究結果も出ていますので、ぜひ、噛む力を養ってほしいと思っています。
――噛む力を鍛えるために、普段の食事ではどういうことを意識すればいいでしょうか? たとえば、ひと口で何回くらい噛めばいいのでしょうか?
金澤 可能であればひと口30回。……なかなか難しいですよね。麺類などだと5、6回で飲み込んでしまう方も多いと思いますが、意識して30回、噛むことが推奨されています。
あとは、バランスの良い食事をしっかり取ることも大切です。噛めないと肉や野菜が減りがちになりますが、ちゃんと食べる。そして、大事なのは「話す」ということ。舌と唇、顎を全て使いますから、会話をしっかりすることも非常に重要なんです。
――固いものを噛むと疲れるので、面倒に感じることもありますが、そういったものをしっかり噛んで食べる習慣が大切なのですね。
金澤 おっしゃる通りです。今、高齢者施設では、あえて固めのものを調理して咀嚼回数が多くなるようなお弁当を作ったりもしています。若いうちから咀嚼回数が高くなるものを選んでいただくと良いですね。
それには固いものを意識して取り入れることが大切です。肉類、魚であれば小骨付きのものをそのまま食べる。野菜は意外と最後まで噛むのに力が必要です。生野菜や繊維質の野菜をしっかり取り入れてください。ファストフードは噛む回数が少なく柔らかいので、なるべくよく噛むものを選んでいただければと思います。
――一日の食事のうち一食でも固いものを取り入れるところから始めるといいですね。他に今日から実践できる噛む力を鍛える習慣はありますか?
金澤 食事以外では、ガムを噛むことも、とても良いエクササイズになります。ガム噛みエクササイズというものがありますので、実践してみましょう。

まずガムを口に入れて、舌を使って右側の奥に置いてください。そこで唇を閉じたまま奥歯で噛んでください。しっかりギュッ、ギュッと噛み締めてください。これを10回行います。
次は今度はガムを奥歯で噛み締めたまま、舌の上に唾液を集めて大きくゴクンと飲み込んでください。
この運動を今度は反対側でもやっていただきます。左側でまた10回しっかり噛んで、舌の上に唾液を集めて、ゴクンと飲み込む。これを5分間ぐらい繰り返すと、普通に噛むよりも疲れると思いますが、口の周りの筋肉に負荷がかかり、トレーニングとして効果的です。
――やってみると、けっこう大変ですね。でも、仕事の合間や休憩時間などであれば、無理なく続けられそうです。
金澤 すきま時間にもできますし、デスクワーク中でもできます。「今日はあまり固いものを噛んでいないな」という日には、こういったエクササイズを取り入れるのもよいと思います。
噛む力が高いということは、よく食べられるということ、適切な栄養をたくさん摂取できるということにつながります。健康のために噛む力を維持していくことが、とても重要だと思っています。村井さんも、今から始めれば遅くありませんよ。
――頑張ります(笑)。本日はどうもありがとうございました。
(実際のインタビューの模様はこちらからご覧になれます)
