10年間で売上高を7倍、社員数を5000人から約3万人へと押し上げたアクセンチュア日本法人。戦略立案から実行、運用までを一気通貫で手がける世界でも稀有なビジネスモデルはいかにして築かれ、生成AI時代にどう立ち向かっていくのか。2015年から務めた同社社長を12月1日に退任し、新たに会長へと就任した江川昌史氏の経営哲学に、文藝春秋・新谷学が迫る。
新谷 「アクセンチュアという名前は聞いたことはあるけれど、どんな会社だろう?」という読者にも伝わるように、今日は初歩的なことからお伺いできればと思います。まず、アクセンチュアとはそもそもどのような会社で、何を売って商売をされているのでしょうか。
江川 一言でいえばコンサルティング会社なのですが、世の中で「コンサルティング」が指す領域は極めて広いです。市場をリサーチして戦略を立案することも、その戦略を事業部ごとに砕いていくことも、事業に必要な企業能力(ケーパビリティ)を特定することもコンサルティングです。
さらに、足りない能力を作る、作ったものを運用する、そして最終的に伴走して結果を出すところまで、この一連の流れすべてがコンサルティングなんです。アクセンチュアは、この最初から最後までを一社で手がけている、世界的に見ても珍しい会社です。
1965 年、神奈川県出身。慶應義塾大学卒業後にアクセンチュア入社。製造・流通本部統括本部長などを経て、2015年に代表取締役社長に就任。2024年からはアジアパシフィック共同CEOを務める。2025年12月1日より現職。
新谷 江川さんが「アクセンチュアのライバルはいない」とおっしゃっているのを拝見したことがありますが、すべてを一社でやられている会社は、それほど珍しいのでしょうか。
江川 おそらく、この規模でやっている会社は他にないと思います。最初から最後までというカバー範囲の広さだけでなく、「ストラテジー&コンサルティング」「ソング(顧客体験改革)」「インダストリーX(製造業などのデジタル変革)」「オペレーションズ(デジタルプロセスアウトソーシング)」「テクノロジー」といった5つの領域のサービスを一気通貫に提供できるのも、他社にはない特徴です。そういった意味で、直接的なライバルはいない、という感覚ですね。
新谷 5つのサービスを提供するとなると、それぞれが連携していることが何よりも重要になってくるように思います。
江川 おっしゃる通りです。私が社長に就任した10年前ぐらいまでは、お客様1社に対して3つの部門がそれぞれ出入りしているようなことがありました。でも、クライアントの担当者は同じ方なのに、そこにバラバラに行くのは失礼ですよね。そこで、私が社長になって最初に取り組んだ改革のひとつが、これらを全部くっつけることでした。提案したいことを一度に提案し、一度に解決するという形を作ったのです。
このやり方はアクセンチュアの中でも日本が初めてでしたが、その良さが認められて、最近ではグローバルが日本の真似をし始めています。
新谷 「くっつけた」と簡単におっしゃいますが、働き方も違えばプライドも違う部署同士、簡単にはくっつかないですよね。どうやって実現されたんですか。
江川 これはたまたま、私が若い頃に5つのサービスをほぼすべて経験していたことが大きいですね。たとえば、俗に言う戦略サービスは、曖昧模糊とした状況から「ここだ」という方向性をトップダウンで示すタイプの仕事です。一方、システム開発は、例外処理を含めて会社の業務をすべて洗い出し、ひとつひとつブロックを積み上げるようにボトムアップで進める。思考回路が全く逆なので、通常は相容れないんです。
でも、方向性が決まっても実現できなければお客様は喜びませんよね。そこで、2つのサービスが「最終的にどこで繋がるのか」を教えることで、なんとなくお互いの仕事をイメージできるように整理しました。今では、全員とは言いませんが、3分の1ぐらいの社員は部門をまたいで仕事ができるようになっています。
新谷 どちらが上だとか、主導権の取り合いになって揉めたりすることはないんですか。
江川 プロジェクトのフェーズによって主導権も変わります。最初は戦略グループが上でも、実行フェーズではテクノロジーのグループが上になる。そのときも、戦略グループの人間はチームメンバーとしてプロジェクトに残る。そうした完全融合型で取り組んでいます。
新谷 江川さんが社長に就任されてからの10年間で、売上高は7倍、日本の社員数は5200人から約3万人にまで増えました。この驚異的な成長の要因は何だったのでしょうか。
江川 私が社長になるよりも少し前のタイミングで、デジタルテクノロジーが登場しました。当時はまだDXという言葉もなく、いわゆるデジタルは一部のBtoC向けのウェブ技術として限定的に使われていました。しかし、私たちは「いずれBtoBの世界にも来る」と確信し、いち早くビジネスに取り込むことを決めたんです。その2、3年後にDXブームが到来し、「デジタルをやるならアクセンチュア」というイメージが定着しました。
新谷 他社より2、3年のアドバンテージがあったことが、大きな成長につながったと。
江川 ただ、このデジタル化を進めるには、新たな人材を採用することが不可欠でした。クリエイティブなアプリケーションを作ったり、映像で人を感動させたりするようなスキルがある人たちです。
しかし、そのような人材を確保するためには企業カルチャーを変える必要がありました。それまでは、夜の22時を超えて働くのは普通で、ブラック企業と言われてもおかしくないような働き方でしたから。そんな環境では、クリエイティブな人材は入ってきてくれません。彼らは決められた時間に決められたルールで働くのを嫌がりますし、ブラックな環境でクリエイティビティを磨けるとも思っていません。
そこで、社長になる半年前から「プロジェクトプライド」という活動を始め、戦略部門もテクノロジー部門も、とにかく基本は18時に帰るというルールを徹底しました。18時以降は、上司が指示して会議を開催することは原則禁止。そうしてカルチャーを変えたことで、デジタルの得意な人たちが入ってきてくれるようになり、今では5000人ほどになっています。
新谷 私も江川さんと同じ1989年入社ですが、あの頃の働き方はめちゃくちゃでしたよね。今で言えばもう超ブラックだった。江川さんご自身、若い頃はかなりのハードワーカーだったんじゃないですか。

江川 間違いなく、アクセンチュアの誰よりもハードワーカーでした。日付が変わる前に帰ったことがほとんどありませんでしたから。でも、社長になる直前に、人材紹介会社の役員の方から「アクセンチュアの働き方は激しすぎる。このままでは人を紹介しづらくなる」と言われたんです。ハードワーク一辺倒のモノカルチャーな企業のままではデジタル時代に社会から必要とされず、生き残ることができないという強烈な危機感を覚えました。だからこそ、18時までに帰るという、今まで自分がやってきたこととは全く違うことを徹底したのです。
新谷 ご自身の成功体験と真逆の改革を進めることに、社内からの風当たりは強くなかったですか?
江川 それはもう、「お前が言うな」とものすごい反発がありました。社長になってすぐ、ある先輩から「社長になったんだから、定時で帰る活動はやめたら?」と言われたこともあります。私が極端な働き方でキャリアを築いてきたので、誰も本気だと思っていなかったんですね。
新谷 そこからどう改革を実行されたんですか。
江川 役員たちを一人ひとり説得して回りました。当時、デジタルのビジネスはまだ小さいながらも、他の部門より高い成長率で伸びていました。そこで、「この働き方改革に反対し、デジタル人材の採用を妨げる部門には、今後デジタルで上がった利益は一切分配しない」と宣言したんです。それで8割方が賛成に回ってくれました。
一般に、普段から主張している立場とは異なる意見を示した時のほうが、「よほどの理由があるのでは」と受け止められ、発言の重みが増すものです。このときも、アクセンチュアの誰よりもハードワーカーだった人間が「この働き方ではだめだ」と言うからこそ、響く部分もあったと思います。
現場の若い社員たちは、むしろ肌感覚で「デジタルが来る」とわかっていたので、変化は驚くほど早かったですね。入社3年目くらいまでの社員は1年足らずで新しい働き方に順応しました。
新谷 いわゆる「働き方改革」へと舵を切られたわけですが、最近では少し揺り戻しともいえる動きをされています。2023年には週3日、2025年からは週5日の出社を義務付けられました。これはなぜでしょうか。
江川 きっかけはコロナ禍です。出社を不要とした在宅勤務を通じてコミュニケーションが希薄化した結果、例えばチームメンバーへのフィードバックが弱くなってしまった。特にリモートワークでは、オンラインで強い言葉を言うと過剰に受け取られがちで、皆がそれを控えるようになりました。その結果、新入社員の成長の伸びが2~3割悪くなったように感じたのです。私は社内で「105%経営」と言っているのですが、本人の実力が100なら、常に105の目標を求める。そのくらいの適度なプレッシャーが成長には必要だと考えています。
また、この10年で、アクセンチュアだけでなく日本全体の労働に対する情熱や熱意が弱くなったとも感じています。中国やインドの企業は今も猛烈に働いており、このままでは日本の国際競争力は失われる一方だという強い危機感があります。
そこで2年前から、それまでの「プロジェクトプライド」という活動を「プライド+(プラス)」へと進化させました。もちろん無駄な残業は引き続き禁止ですが、「8時間という限られた時間を、どれだけ生産性高く、厳しく使えるか」という方向に転換したのです。
新谷 ハードワークそのものを否定するわけではなく、徹底して無駄をなくすということですね。「プライド+」に対する社内の反応はいかがでしたか。
江川 意外にも、若い人にはウケが良かったんです。彼らは働きたがっていた。「なぜ働きたい盛りに、チャレンジングなことをやらせてくれないんだ」という声がアンケートでも結構ありました。
一方で、半年前ぐらいから週5日出社を義務付けたのですが、こちらは若干評判が悪いですね(笑)。「何も5日でなくてもいいのでは」「3日でもできる」といった意見は正直あります。しかし、社会からお預かりした人材を成長させるのは会社の責務だと考えているので、育児や介護が必要な方などは除き、今のところは週5日を徹底して、社内の仲間やクライアントとのコミュニケーションを通じたスキルアップの場を提供しています。
新谷 今、多くの経営者がDXと同じように、生成AIへの対応に迫られています。この新しいテクノロジーは、コンサルティング業界にどのような影響をもたらすとお考えですか。
江川 生成AIがもたらすインパクトは、デジタルの10倍はあるでしょう。3年前に行なった社内リサーチでは、業界平均で44%、自社においても30〜40%の労働時間に影響があるという結論が出ました。いま同じリサーチをすれば、生成AIだけでなくフィジカルAIによるインパクトもあり、おそらく50%以上の数字になるはずです。
多くの企業は、生成AIをまだGoogle検索の延長線上でしか使えていません。それでは生産性は1%程度しか上がりません。私たちの仕事は、生成AIを企業のプロセスや意思決定そのものにどう組み込んでいくかをお手伝いすることだと考えています。
新谷 アクセンチュアの仕事の半分がAIに影響される、または代替される可能性がある中で、絶対にAIに取って代わられない部分はどこだとお考えですか。
江川 企業変革において、方向性を示すことはAIにもできます。しかし、人の感情に寄り添い、やる気を引き出すことは、まだAIには弱い。変革についていけない人をトレーニングしたり、後押ししたり、最後まで伴走して成果を出す。こうした部分は人間の仕事として残っていくでしょう。

我々のみならず、生成AIの登場でコンサル業界のあり方も変わるはずです。世の中で言われるように、方向性を示すだけの「言いっぱなしコンサル」はAIに代替され淘汰されるかもしれません。逆に、クライアント企業がAIと作った戦略を実行するだけの「言われっぱなしコンサル」は増えるかもしれない。私たちアクセンチュアはこのどちらでもなく、お客様の隣に寄り添って、戦略立案から実行、結果を出すところまで共に歩む。その価値は、むしろ高まっていくと考えています。
新谷 日本社会はどのように変わっていくとお考えですか。
江川 AIの時代ですから、今やシステムさえ組んでしまえば、ファイナンスからマーケティング、セールスまで、ほとんどの仕事を一人で回すことができます。最近ではフィジカルAIの進化で、ピッキングや梱包、配送といった物理的な作業も自動化できる。そうなると、極端な話、これまで1万人を抱えていたような事業を一人で経営することも可能になるかもしれません。少なくとも、マルチエージェントを駆使することで、100人で1000人規模の企業売上をあげることは夢物語ではありません。
新谷 そうなると、仕事にあぶれる人が大量に生まれるのではないかという懸念もあります。
江川 その可能性はゼロではありません。だからこそ、教育も含めて社会を変えていく必要がある。一人ひとりが生成AIと友達になり、その使い方をマスターすることで、小さな企業をたくさん作っていく。偏差値の高さや体力とは全く違う軸で、誰もがものすごい会社を作れる。そんな時代になるのではないでしょうか。日本の若者には、変革や起業、言語の壁などを恐れずに挑戦してほしいと思います。
新谷 そういう時代にアクセンチュアが求める人材とは、どのような人でしょうか。
江川 今日は生成AIですが、5年後、10年後にはまた違う新たなテクノロジーが出てきます。世の中のトレンドを2、3年早くキャッチアップして、自分を高めていける人。それがアクセンチュアという会社に向いている人だと思います。
一方で、テクノロジーだけが仕事ではありません。先ほど申し上げたように、人の感情に寄り添って変革を進められるようなハートがある人や、AIにはできないクリエイティビティを発揮できる人も、ますます価値が高まるでしょう。アクセンチュアが人材育成と人材輩出のハブや学校のようになり、卒業生が日本を変革していければと考えています。
新谷 最後に、江川さんご自身は社長を退任され、会長に就任されました。その理由と、今後の展望をお聞かせください。
江川 社長を10年務め、会社が2桁成長を続ける良い状況でバトンを渡したいという思いがありました。そして何より、私の社長時代が「DXの時代」と共にあったように、これからの「生成AIの時代」は、新しい社長が最初からリードしていくべきだと考えたのが一番の理由です。
ビジネスの成長やクライアントとの関係強化は新社長の濱岡が中心となって担います。私は引き続き日々のビジネスにも関わりますが、これに加えてより長期的に必要な人材スキルを育てたり、旧知のお客様も多い財界活動などにおいて今後の社会の変革や企業が果たすべき使命に取り組むなど、少し広い視野で会社や日本社会に貢献できればと考えています。
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