創業145年、日本で最も長い歴史を持つ生命保険会社、明治安田。株式会社ではなく、株主のいない「相互会社」という形態をとり、「お客さま、地域社会、未来世代、働く仲間」のために存在するというパーパスを掲げる。
数値目標の話ではなく、ひたすらに「人の幸せ」を語る経営者。AIが浸透する社会で「野良カンパニー」を標榜する真意とは。
聞き手●新谷 学(文藝春秋総局長)
――まず、今回は素晴らしい場所でお話を伺うのですが。
永島 昭和9年竣工で、平成9年に昭和の建物としては初めて、国の重要文化財の指定を受けております。1階には国宝「曜変天目」を擁する静嘉堂文庫美術館や、昨年オープンしたカフェがあり、2階にはマッカーサー司令官が使ったGHQゆかりの会議室も一般公開されています。
――「明治生命館」と言って、明治安田本社の隣にあるのですね。「半沢直樹」や「日本沈没」などのドラマのロケにも使われているとか。
永島 そうですね。歴史的な建物なので、さまざまな撮影にも使われますし、公道に面した外観はウェディングフォトの名所にもなっています。
「お金には色がある」と信じている
――今日のテーマは、創業145年を迎えた明治安田が「野良カンパニー」を目指すということなんですが、なかなかインパクトのある標語ですね。いったいどのような会社なのでしょうか。
永島 明治安田は145年の歴史があり、日本では最も長い歴史のある生命保険会社です。株式会社ではなく相互会社という形態なので、株主もアクティビストもいません。会社のパーパスを「お客さま」「地域社会」「未来世代」「働く仲間」、その4つの絆のために存在すると定義しています。
従業員との関係で言えば、あえて“人的資本”という単語を使わず、“「ひと」中心経営”と呼んでいます。従業員一人ひとりが自分の生きる意味を考え、真摯に生活を全うした時に、結果としてお客さまから評価され、会社が成長できる。そういった世界観を目指しています。
1963年、東京生まれ。1986年に東京大学法学部を卒業し、明治生命(現:明治安田生命)に入社。静岡支社長、企画部長を経て、2015年に執行役企画部長、2016年に執行役員人事部長、2017年に常務執行役に就任。2021年より現職。
――お客さまとの関係においては、どのようなことを大切にされていますか。
永島 「人に一番やさしい生命保険会社」を標榜しています。象徴的なサービスとして「エピローグ・レター」というものがあります。これは、死亡保険にご加入のお客さまからご遺族への直筆のメッセージをお預かりし、万が一の時に保険金とともにお届けするサービスです。
――どのようなことが書かれているのでしょうか。
永島 比較的多く耳にするのは、昭和生まれの無骨な男性のお客さまが、これまで家族に一度も言ったことのない「ありがとう」という感謝の言葉を綴っているケースです。それを受け取られたご家族からは、本当に涙ながらに「報われた気がしました」といったお声をたくさんいただいています。
私はよく「お金には色がある」と申しております。今、欧米の金融機関では巨大なプライベート・エクイティ(PE)ファンドが席巻しており、アメリカではすでに100以上の保険会社がPEの傘下に入って、巨大ファンドのための“集金マシーン”と化しています。彼らにとっては、お金に色はないのでしょう。
しかし、私たちは違う。ご家族のことを想い月々1万円の保険料を払い続け、最後に「保険金」として遺される1000万円は、投機などで得た1000万円とは違う、特別な“色”があると信じています。「エピローグ・レター」は、その特別な色がある死亡保険金を、さらに一層輝かせるものだと考えています。
――お金には色がある……素晴らしい言葉ですね。伺っているだけでじんと来ます。

人の幸せは、一生のうちに流せる涙の量
――永島さんの資料や動画を拝見すると、よく涙を流されているんですよね。もう、泣き虫と言っていいくらい(笑)。営業職員(MYリンクコーディネーター)の女性たちに囲まれて、小田和正さんの歌を熱唱しながら泣いている映像は衝撃的でした。
永島 人の幸せって、なかなか定量的に測れませんよね。もし何か測れるものがあるとしたら、私はそれは「一生のうちに流せる感謝や感動の涙の量」ではないかと思うんです。だから、感謝や感動で涙が溢れる時に、止めようだなんてもったいないことはしません。ありがたいなと、ただそれだけです。
現場に行くと、定年の75歳まで働いている営業職員もいます。そういう方とは、目と目を合わせただけで涙が溢れることがあります。人生の中でさまざまな苦労があったに違いないのに、それらすべてを笑顔と感謝に変えて、素晴らしい「態度価値」を示してくださっている。その方から「明治安田で50年働いています」なんて言われたら、もう涙をこらえる術はありません。
そういう感謝、感動、涙、そして出会い。一瞬一瞬の記憶という“点”をつないでできる星座みたいな人の幸せ……そんなことを大事にしていきたいと思っています。
――「幸福とは記憶の点をつないでできあがる星座のようなもの」……ご愛読されている川上未映子さんの言葉ですね。
永島 はい。若い頃は思いませんでしたが、63歳になった今、本当に切実にそう思うようになりました。30年前のあの出会いが今日のためにあったんだなとか、15年前のこの一言と昨日の出来事が結びついて今があるんだなとか、結びつくことに気がつく幸せ。昔は映画やドラマの世界だと思っていた“伏線の回収”が、実人生にこそあると感じています。
だから、若い人たちには「“点”をいっぱい作りなさい」と言っています。辛いことや悲しいこともあるけれど、たくさん“点”を作ることが、将来、星座を紡ぐ幸せにつながる。そして、明治安田の仕事ほど、たくさんのお客さまに出会い、たくさんの“点”を作れる仕事はない、と伝えています。
――すごく共感できるお言葉です。営業所長時代に、営業職員の信頼を勝ち得られたのがとてもよくわかります。
永島 現場で学んだことは本当に多いです。群馬の営業所で所長をしていた時、父ひとり子ひとりの職人の契約者さまがいたのですが、月々5000円の保険料が滞りそうになると、うちの営業職員が飛んでいって、「お父さん、もしこのまま保険がなくなって、あなたに何かあったら、お子さんはどうなるの」と、必死に説得していました。
また、ある営業職員からこう言われたこともあります。「私は複雑な家庭に育ち、これまで自分とお金のためだけに仕事をしてきました。でも、明治安田に入って初めて、誰かのために仕事をすることを知りました」と。その時も涙が止まらなくなったんですが(笑)。その時思ったのが、一つは、人さまに何かをしてもらうよりも、何かをしてさしあげる方が100倍幸せだ、ということ。もう一つは、パンやガソリンを届けるよりも、その人が生きる“意味”を届けられることは100倍幸せだ、ということです。
ですから私は「履歴書よりも追悼文を大事に」と言い続けています。自分の功績を書き連ねて履歴書を飾り立てるより、自分が死んだ時に周囲の人にどう記憶されるかという「追悼文」の価値を大事にしたい。これまで出会った方々の顔やひと言ひと言を思い出しながら、感謝の気持ちで亡くなることができるとしたら、それは幸せなことだと思うのです。

生命保険事業と民主主義の基盤を守る「サードプレイス」
――明治安田といえば、Jリーグのタイトルパートナーとしても知られています。J1からJ3まで、全国のクラブを応援することにこだわっているのはなぜでしょうか。
永島 Jリーグとの絆は11年になります。私たちは「明治安田Jリーグ」というタイトルにこだわるのではなく、J1からJ3まで全60クラブと個別に契約を結び、それぞれのチームと一緒に地元を盛り上げることにこそ使命があると考えています。
――家庭(ファーストプレイス)、職場(セカンドプレイス)に次ぐ、「サードプレイス」としての地域コミュニティを大事にされているのですね。
永島 今、世界中で格差と分断が拡大してポピュリズムが跋扈し、民主主義が危機に瀕しています。今、大事なのは絆を取り戻すこと。実は、民主主義と生命保険事業に必要な基盤は同じなんです。それは、「分厚い中間層」と、そこに「ゆるやかな絆」があることです。
生命保険は、大金持ちには必要なく、残念ながら保険料を払えない方は加入できません。分厚い中間層が大前提です。そして、今日初めて1万円の保険料を払った方が明日亡くなって1000万円を受け取ることがある一方、10年間一度も給付を受けない方もいる。それでも、「そのお金で誰かが救われているならいいや」と思えるようなゆるやかな絆がなければ、生命保険の相互扶助の仕組みは成り立ちません。
私たちは保険会社として、事業の基盤である「分厚い中間層」と「絆」を守りたい。それが結果として民主主義を守ることにもつながると信じています。そのために今、必要なのが、生まれ育ちや主義主張に関係なく、リアルに人が交流できる「サードプレイス」なのです。Jリーグのスタジアムにはその大きなポテンシャルがありますし、パートナーシップ契約を締結しているイオンモールさんのような商業施設、そして自治体とも連携しながら、そうした“場所”づくりに力を尽くしていきたいと考えています。
マチアプよりも「野良の恋」を…保険も同じ。AI時代に「野良カンパニー」を目指す意味
――AIが急速に進歩する中で、人間との役割分担が問われています。御社ではどのように取り組んでいますか。
永島 AIは使わない選択肢はありません。保険の事務プロセスを「AIに任せる仕事」「人間がやり続ける仕事」「AIと人間が共働する仕事」に仕分けし、さまざまな業務の見直しをしています。3万7000人の営業職員が持つ端末にもAIを搭載して効率化を図っています。
ただ同時に、タイパ(タイムパフォーマンス)やコスパ(コストパフォーマンス)だけが重視される効率的な社会でいいのか、という思いもあります。人間らしい生が実感できる社会、つまり偶発性や一回性、身体性といったものが大切にされる社会を残したい。
――AIにはできない、人間の役割とは何でしょうか。
永島 AIは、一つの目的を与えられれば、最速で最適解に到達する。その能力では人間に勝ち目はありません。しかし、人間の社会はそんなに単純ではない。私は社内でよく「野良の恋」という話をします。マッチングアプリで条件を絞って結婚相手を探すのは、幸福という目的への最短ルートで、まさにタイパがいい。でも、「野良の恋」、つまりストリートでの出会いは、時に「この人と一緒なら不幸になってもいい」とさえ思わせる。もともとの目的すら吹き飛ばしてしまう破壊力があります。
保険も同じです。明治安田は「安心」と「信頼」の両方を大事にしています。AIやデジタルを使ってリスクを削ぎ落とすことで「安心」は作れます。ですが、「あなたに任せる」と身を委ねるような「信頼」は、身体的な感覚を伴う人間的な感情です。それは、営業職員がお客さまと目と目を合わせ、共感の中で生まれるもの。この信頼が、これからますます大切になると確信しています。
――そうしますと、明治安田が目指す「野良カンパニー」とは、「ストリートの声」に耳を傾ける会社、ということでしょうか。
永島 そうですね。人間は理屈や効率性だけで生きているわけではないので、共感の中で選ばれることが重要です。生命保険は、無機質な債権債務関係ではなく、相互扶助という運命共同体の船に乗っていただくようなもの。だからこそ、私たちのパーパスやフィロソフィーを体現した営業職員が、お客さまと目と目を合わせてお伝えすることが、最もふさわしいと考えているのです。
座右の銘は「一日一生」、そして人の「魂」を見つめる
――最後に、永島さん個人の夢についてお聞かせください。
永島 私の座右の銘は「一日一生」。朝起きる時は「今日が人生最後の一日だ」と思い定め、夜寝る時は「このまま目を覚まさなくても悔いはないか」と一日を振り返るようにしています。
その上で、人間としてどうありたいか。臨床心理学者の河合隼雄先生のエピソードが心に残っています。ある患者さんが、「先生は私の服装や言葉には関心を示さず、もし人間に『魂』というものがあるとしたら、そこだけ見ておられました」と語ったそうです。
服装や言葉からその人を推測するのはAIにもできる。しかし人間は、その先にある「魂」を見る努力ができるはずです。その人の心の中にある“点”が、どのようにつながって人生という物語を紡いでいるのか。それを見ようとし、聞こうとしなければ、決して見えてこない。そんなことを大切にする人間でありたいと、心から思っています。
このインタビューは、2026年3月16日に行われました。(実際のインタビューの模様はこちらからご覧になれます)
