企業が刻んできた歴史は、これからの未来を導く轍となる。企業の成長の裏にあるドキュメンタリーをお届けするシリーズ「未完の轍」。第5回目は、“鋳物はいいもの”という力強い信念の元で、鋳物のフライパンを大ヒットさせた四代目社長のストーリーをお届けします。

 激しく火花を散らして金属が真っ赤に溶けていく。それを型に流し込んで冷やし固めることで、さまざまな形状の“鋳物”が生まれる。昭和13(1938)年創業の石川鋳造株式会社は、調理器具から自動車部品、巨大な水道管やロボットアームまで、多種多様な製品を手がける鋳物メーカーだ。

石川鋳造株式会社 代表取締役社長 石川鋼逸氏

「当初は織物機、戦後は工作機器部品、昭和40年代からは水道管や自動車部品に不可欠なアルミを溶解するルツボを主に扱うなど、その時代の日本が必要とするものを作り続けてきました」

電気炉でアルミなどの金属を溶かし、その「溶湯」を取り出して鋳型に流し込む。溶湯の温度は約1500度もの高温に達する。

 そう語るのは四代目となる現社長の石川鋼逸だ。“30歳までは好きなことをやれ”という父の言葉を受け、大学卒業後は高校教員の職に就き野球部の監督を務めていた石川だが、30代を迎えて家業に入るとほどなく社長の座を引き継いだ。だが、折も折、業績順調だった石川鋳造に嵐が襲いかかる。

「社長就任後、数年でリーマンショックに巻き込まれ、大きな赤字となったんです。もちろん大変な状況でしたが、だったら時代に左右されることなく、自分たちの強みを活かしながら、世の中にないもの、お客様に喜んでいただけるものを作ろうと腹をくくりました。そこで苦心の末に生み出したのが、鋳物の高い蓄熱性と熱伝導率を生かした『おもいのフライパン』です」

 一般的にフライパンは軽いものが好まれる傾向にあるが、コーティング材が剥がれると使い捨てにされ、コーティング材そのものの安全性を危惧する人も少なくない。であれば、無塗装でおいしく肉が焼け、しかも一生使い続けられるほど丈夫な鋳物のフライパンを作ろう。石川はそう考えた。しかし、鋳物はどれほど工夫しても軽量化には限界があり、その重さがネックだった。

「だったらその弱点を活かせばいい。教員時代に弱小野球部の監督を務めていた頃は、いかに組織力で勝つか、戦術で勝つかをひたすら考えていました。フライパンも同じこと。重くても安全でおいしい料理が作れ、長く使えて地球環境にも優しい鋳物フライパンを自社で製造しよう。そしてその魅力を分かってくれる人に直接お届けしよう。百人に一人しかいなくても、全国の百人に一人に販売できれば成功だ、と考えたんです」

石川鋳造の技術のすべてを注ぎ込んで生み出した「おもいのフライパン」。

 石川は開発の様子をSNSで発信。次第にフォロワーが増え、いざ発売となるとメディアの注目も集まって一時は納品が3年待ちというほどの大ヒットを記録する。重さに石川の思いを込めた「おもいのフライパン」が、鋳物の魅力を全国に運んでいったのだ。

「鋳物は世の中に絶対なくてはならないもの。これからもその火を消すことなく、“鋳物はいいもの”と、多くの皆さんに伝え続けたいと思っています」

【本編を読む】〈石川鋳造〉その重さに、思いを込めて

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text:Yuko Harigae(Giraffe)
photo:Takashi Shimizu

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