現在公開中の塚本晋也監督最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』が、第51回トロント国際映画祭スペシャル・プレゼンテーション部門に正式出品され、現地時間9月15日に、北米プレミアが開催された。
日本でも、世界でも注目の映画に
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は9月11日に全国8館で公開され、5日間で累計動員約13,000人、興収累計2,000万円を記録。幅広い年代層が劇場に訪れ、上映後に大きな拍手が巻き起こる回も発生するなど、“今観るべき一本”として熱い支持が広がっている。
また、先日開催された第83回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、ワールドプレミアでは約8分間にわたるスタンディングオベーションを記録。さらに、イタリアの高校生たちが選考する「レオンチーノ・ドーロ賞(Leoncino d’Oro/金の小獅子賞)」を日本作品として初めて受賞する快挙を成し遂げている。
世界から熱烈な視線が注がれるなか、その後のアカデミー賞レースを占うトロント国際映画祭で、本作の北米プレミア上映が実施された。
上映後には、観客がスクリーンの余韻を噛みしめるように見守る中、塚本晋也監督をはじめ、壮年期のアレン・ネルソンを演じたロドニー・ヒックス、青年期のアレンを演じたマーク・マーフィー、ダニエルズ医師役のジェフリー・ラッシュが登壇。世界各国の観客を前に、映画誕生の背景からキャスティング、役作り、さらには撮影現場での裏話に至るまで、多彩なエピソードを披露した。
「アレン・ネルソンさんをスクリーンに蘇らせたかった」
まず、本作以前にも『野火』などで戦争を描いてきた塚本監督に、なぜ再び戦争をテーマにした映画を作ろうと思ったのかという質問があった。
塚本監督は、『野火』を完成させた当時は「戦争をテーマにした映画はもうこれでおしまい」と考えていたと振り返る。しかし10年が経った現在も世界情勢は不安定なまま。そうした状況のなか、「もう一度、戦争をテーマにした映画を作るべきだと考えました」と明かした。
さらに、ベトナム戦争での自身の体験を語り続けたアレン・ネルソンについて、「彼にもう一度スクリーンに戻ってきてもらい、その物語を伝えてほしかった」と本作を映画化した思いを語った。
続いて話題は、世代もキャリアも異なる俳優陣のキャスティングへ。主演を務めたロドニーについて塚本監督は、実在のアレン・ネルソン氏に似た人物を探すなかで出会ったといい、Zoomオーディションで見せた「演技の正確さ」と役への強い情熱に惹かれ、終了直後には起用を決断したという。
一方、青年期を演じるマークについても、ロドニーに似た人物を求めてオーディションを行い、経験こそまだ多くなかったものの、「ものすごく自然な、共感のできる演技」に魅了され、すぐにキャスティングを決めたと振り返った。そしてジェフリーについては、「そこにいらっしゃるだけで存在感があって、ユニークで人を惹きつける雰囲気が備わっている」と語り、自らカメラを構えながら、その圧倒的な魅力に引き込まれていたことを明かした。
ロドニー・ヒックスが向き合ったアレン・ネルソンを演じる“責任”
続いてロドニーに、トラウマや罪悪感、怒りを抱えながら過去と向き合っていくアレンを演じる上で、最も大切にしたことは何だったのかという質問が投げかけられた。
回答に先立ち、ロドニーは客席にいたアレン・ネルソン氏の遺族を紹介。劇中にも登場する元妻のリンダさんや息子のショーンさんをはじめ、妹のマーシェルさん、従妹のビバリーさんらが会場に駆けつけており、会場から温かな拍手が送られた。
そんな中、ロドニーが挙げたキーワードは、「癒やし」だった。「この映画には多くのトラウマが描かれていますが、その根底を貫いているのは“癒やし”だと私は信じています」と語り、アレンの人生を「一人の男性が癒やされていく旅路」と表現。しかし同時に、「癒やしとは綺麗なものでも、すっきりと整ったものでもありません。それは混沌としていて、一直線には進まないものです」と、その複雑さにも言及した。
自身もPTSDと向き合った経験があるというロドニーは、撮影に入る前、セラピストに「自分を見失わずに、これを演じ切ることができるだろうか」と相談したという。約2年をかけて徹底的なリサーチを重ねながら、撮影現場ではその準備をすべて手放し、共演者や塚本監督を信頼して感情の流れに身を委ねたという。「そこにあったのは純粋な信頼です」と振り返り、役者としてどう見えるかではなく、“ありのままの感情”を大切にしたと語るロドニーの言葉に、会場も静かに聞き入っていた。
「映画を追求し続けたいという情熱が確かなものになった」
一方、青年期のアレンを演じたマークは、本作が映画デビュー作。経験豊かな俳優陣との共演について「本当に圧倒されるような経験だった」と振り返る。自身より遥かに長いキャリアを持つロドニーやジェフリーと作品をつなぐ役割に大きな責任を感じていたというが、撮影を通してキャストやスタッフとの強い絆が生まれたという。
「ロドニーとは兄弟のようになれた」と笑顔を見せ、ジェフリーを冗談交じりに“ラッシュおじいちゃん”と呼ぶ一幕も。会場から笑いが起こるなか、「映画や演技を追求し続けたいという僕の情熱が、より確固たるものになりました」と、本作への参加が俳優として大きな転機になったことを明かした。
名優ジェフリー・ラッシュが塚本監督を大絶賛!
そしてキャスト陣の中で最もキャリアが長く、アカデミー賞に輝いたこともある大ベテランのジェフリー・ラッシュには、本作への出演を決めたきっかけについて質問があった。
約2年前、初めて塚本監督とZoomで話したというジェフリーは、まず脚本を「非常に純粋で繊細だった」と絶賛。戦場で巻き起こる激しい暴力とは対照的に、自身とロドニーによるカウンセリングの場面を「静寂に満ちた小さなオアシス」のように感じたという。さらに、監督・脚本・撮影・編集を自ら手がける塚本監督について、「これほどの実力者とは、これまで一度も仕事をしたことがありません。彼自身が映画そのものなのです」と最大級の賛辞を贈った。
削ぎ落とされた脚本の一行一行に大きな感情のうねりを感じたといい、「塚本監督との仕事を通して、私は映画について多くのことを学んだ」と振り返った。撮影現場で塚本監督から与えられた指示も極めてシンプルだったという。ジェフリーがその日の芝居について説明すると、塚本監督は「それをやってください。それ以外のことは何もしないでください」と伝えたそうで、ジェフリーは、余計な解釈を加えず、その瞬間に交わされるやり取りだけに集中する演出を「実にスリリングで刺激的な経験」だったと語った。
カウンセリングシーンはまさかの“一気撮り”!
ここでロドニーが、ジェフリーの話に続けて撮影秘話を披露。ジェフリーの提案から生まれた撮影秘話が語られた。ニュージャージーで撮影されたアレンとダニエルズ医師のカウンセリング場面では、初日に予定されていた4つのシーンを、ジェフリーの提案によって一連の流れのままワンテイクで撮影することになったという。ジェフリーから「全部ワンテイクでやってみないか?」と提案され、塚本監督も即座に賛同。ロドニーは表向きには「分かりました」と返したものの、心の中では「うわ、マジかよ(笑)」と思っていたと告白し、会場は笑いに包まれた。
しかし、この撮影方法によって二人の芝居は感情の流れを途切れさせることなく進み、その後は5シーン、さらには8シーンを連続して撮影するまでに。ロドニーは「オーガニックに、感情の流れを途切れさせずに撮影することができた」と、その独特な撮影方法が作品にもたらしたものを振り返った。するとジェフリーがすかさず、「おかげで夜8時ではなく夕方4時には撮影が終わったんだ(笑)。早く終わったから、そのシーズンのブロードウェイで最高の舞台を何本も観に行けたよ」と笑わせると、ロドニーも「それが本当の理由だったんですね!」と応酬。最後まで息の合ったやり取りを見せ、会場は笑いと拍手に包まれた。
名残惜しい空気のなか、司会者が「皆さんのお話をいつまでも聞いていたい」と惜しみながらQ&A終了を告げ、『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』の北米プレミアは、観客からの大きな拍手とともに幕を閉じた。
「まだ父が生きているかのよう」
また、映画の上映後には、アレン・ネルソン氏の妻リンダさんと息子ショーンさんが関係者に映画の感想を語る場面も。ショーンさんは「映画に圧倒されました」と興奮気味に語りながら、父について「すごく人を愛していて、戦争が嫌いな人でした。まだ父が生きているかのようです。父はいつも私に、日本においでよと言っていましたね」と、父との思い出とともに映画の感想を語った。
一方、リンダさんは「当時のことをよく覚えています。深い悲しみを感じました。アレンはすごく平和的な人でしたが、ベトナムで変わってしまいました。辛い経験の心の置き場所を探さないといけなかった。(若き日の自身を演じた)タチアナ(・アリ)は最適なキャスティングでしたし、監督のアレンの描き方には感動しました」と、鑑賞直後の感動を率直に語ってくれた。
INTRODUCTION
『鉄男』(89年)、『野火』(14年)などで知られる塚本晋也監督による唯一無二の戦争映画。原作は18歳で海兵隊に志願したベトナム帰還兵アレン・ネルソンが、加害者の視点から戦争の恐ろしい現実と拭いきれない精神的痛みを綴った手記。キャストにブロードウェイミュージカルなどで活躍するロドニー・ヒックス、『シャイン』(95年)でアカデミー主演男優賞受賞のジェフリー・ラッシュ。さらにマーク・マーフィー、リリー・フランキー、タチアナ・アリらを迎え、ニューヨーク、ベトナム、タイ、沖縄で撮影を敢行し、この事実に真っ向から取り組んだ。
STORY
貧困や差別から抜け出すために18歳で入隊したアフリカ系アメリカ人のアレン・ネルソン。ベトナムという苛烈な戦地で学んだのはただひとつ、いかに多くの人を殺せるか。その対価として得たのは、ごくわずかな賃金とPTSD(戦争後遺症)だけだった。23歳で家を追い出され、ホームレスとなったアレンをこの世につなぎ止めたのは、退役軍人病院でカウンセリングを行っていたダニエルズ医師の存在だった。
STAFF & CAST
監督・脚本・撮影・編集:塚本晋也/出演:ロドニー・ヒックス、ジェフリー・ラッシュ、 マーク・マーフィー、リリー・フランキー、タチアナ・アリ/2026年/日本/116分/配給:キノフィルムズ/©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA/2026年9月11日より公開。
提供/(株)キノフィルムズ






