週刊文春 電子版

第22回 「週刊文春」が「中吊り」を止めるまで

2021年8月20日配信分

「週刊文春」編集長

「週刊文春」が中吊りを終了するとのニュースは、朝日新聞を皮切りに新聞・テレビで大きく報じられました。今朝の「天声人語」にも取り上げられるなど、反響の大きさに驚いています。週刊誌の中吊りが、皆さんの日常に溶け込み、1つの文化となっていたことはうれしくもあり、なくなることのさみしさも感じています。

 それなのに、なぜ止めるのか。メディアにも説明した通り、理由は2つあります。

 一番大きいのは、雑誌作りの制約になるケースが増えてきたことです。中吊りがどのように作られるのか、を説明するとご理解いただけると思います。

 中吊りは、日曜日の夜、原案が作られます。夕方、デスクから担当する記事のタイトル案が私に提出されます。それを見ながら、並びを考えていきます。1番、右側に来る記事を右トップ、左側を左トップと呼び、その週の最も売りになると考える記事を並べます。右トップは政治や事件などの固めの記事、左トップは芸能や医療・健康などのやわらかめの記事を置くのが基本です。私がうんうん唸りながら作った中吊りタイトルを、デスクみんなと検討します。「こっちが右では」「この表現はわかりにくい」「読者の関心はこのテーマではないか」。その結果、手直しした中吊り案をデスクが担当記者に送り、話し合います。これが、だいたい夜の9時頃でしょうか。

 そして、月曜日の朝10時半、中吊りを制作する精美堂のデザイナーMさんと私が打ち合わせをします。コロナ以前は対面でしたが、現在は電話で行っています。Mさんは、この道、20年を超えるプロ。「今回は右、大きめで」とか「右、左は抑えつつ、とにかく本数を見せたい」などと“注文”すると、あとは阿吽の呼吸で、作ってくれます。続いて、写真選び。

 私は、記者のプラン出しの時に、こうアドバイスすることがあります。「名前を聞いたら、顔が浮かぶ」「顔を見たら、名前が浮かぶ」人物の記事は通りやすい。それは、中吊りから考えると、イメージしやすくなります。

 午後3時過ぎ、文字だけが配置された第一稿があがってきます。そこから、あと2回のチェックを経て、校了するのが夜8時から9時頃。中吊りはここから、もう直なせなくなります。

 ただ、この時点で記事は影も形もありません。記事は火曜日のお昼までに印刷所に入稿し、校了するのは夜。たとえば、今週の河村名古屋市長の記事は、中吊りと誌面、新聞広告のタイトルは違います。

 中吊りは「河村たかし市長は“セクハラ大魔王”」、一方、誌面は「“セクハラ大魔王”河村たかしに直撃100分」。現場が粘って、河村市長の直撃取材に成功したのは火曜日の昼でした。そのため、中吊りには反映できなかったのです。

8月26日号の中吊り

 こんなこともありました。私がデスクの時、公明党参院議員(当時)が、議員宿舎に愛人を連れ込み、不倫していたスキャンダルを報じました。月曜日に中吊りは校了し、火曜日に記事の手直しをしていた最中、議員から回答が来ました。そこには「責任をとって、議員を辞職します」。

 2019年5月に起きた「川崎市登戸通り魔事件」。発生は、火曜日の朝でした。記者を大量投入し、誌面では右トップに置きましたが、中吊りは当然、一切載っていません。

 近年、こうしたケースが増え、宣伝のはずなのに宣伝できないというジレンマがありました。ネットの発達、デジタル化の進展で、ニュースのスピードはどんどん速くなっています。「週刊文春」は、スクープの雑誌です。スクープには、当然スピードも求められます。その意味で、締め切りが1日早い中吊りが、ともすれば“足かせ”になってきていました。

 これが第1の理由です。そして、2番目は、皆さんにお読みいただいている「週刊文春 電子版」を、より多く、速く読者に届けるために、資金、人材を投入したいと考えたからです。3月にスタートした「電子版」に、私は非常に手ごたえを感じています。中吊りを止め、浮いたお金で、電子版を成長させたいと、上司に相談し、役員会を経て、今回の決定に至りました。

 念のためですが、新聞広告は今後も継続し、変わらずMさんに作っていただきます。次週が最後の中吊りとなります。どんな中身になるのか。ご注目ください。

「週刊文春」編集長 加藤晃彦

source : 週刊文春

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